かつて、「中国の重点大学(いわゆる“985工程”大学)の法学部を卒業し、廃品回収で財を成した人物がいる」というニュースが話題を呼んだ。主人公の武楷斯は、「万物には必ず価値がある」という信念を貫き、世間の評価について多くを語ることはなかった。
同じく「廃棄物を資源に変える」という発想に魅せられた若者がいる。2012年、大学を卒業したばかりの広東省出身の郭松は、中古衣料の回収・再利用という分野に身を投じ、「広州格瑞哲再生資源股份有限公司」を立ち上げた。
創業から10年以上を経た現在、格瑞哲(Gé Ruì Zhé グァ・ルイ・ジャー)は中国最大級の廃繊維リサイクル企業へと成長している。年間10万トン以上の中古衣料を処理し、売上高は4億元(約80億円)を突破。そのうち約6割がアフリカ向けで、残りも東南アジアや中東など、120を超える国・地域へ輸出されている。
「本当に捨てるべきものは存在しない。ただ、置かれる場所を間違えているだけだ」。中国で役目を終えた衣服が、アフリカの人々の日常生活を支えている光景を目にしたとき、郭松は強い誇りを覚えるという。

大学時代に芽生えた「リサイクル」の発想
郭松は広東省茂名市高州の出身。2008年、高州中学から広東外語外貿大学の行政管理学科へ進学した。母校のインタビューによれば、彼は大学入学当初から自身の将来を意識的に設計していた。1年次は幅広く読書や課外活動に取り組み、2年次で方向性を定め、3年次には専門性を深める――常に自らの意思で進路を選び取ってきた。
中古衣料回収との出会いは、大学2年生のときだった。新入生の軍事訓練が終わり、着用一度きりの訓練服が大量に廃棄されているのを見て、「あまりにも無駄だ。再利用できないだろうか」と考えたのがきっかけだった。
当時、公益サークルの責任者を務めていた郭松は、この回収事業で活動資金を賄うことを思いつく。友人から資金を借り、複数の大学で訓練服を回収し、周辺の徳育研修施設に販売した。これが、彼にとっての「最初の成功体験」となった。
その後、「日常で着られている衣服も回収できるはずだ」と考え、「天使行動」と名付けた大学連盟を立ち上げ、50校以上が参加するまでに拡大した。回収した衣服の一部は中国西部の山間地域に暮らす子どもたちに寄付し、残りを販売して運営費に充てた。このプロジェクトは現在も、完全な公益活動として続いている。
海外に広がる中国中古衣料の市場
卒業を前に、就職という選択肢も一度は検討した郭松だったが、最終的に仲間とともに起業の道を選んだ。「リサイクル経済には大きな可能性がある」と確信していたからだ。
中国では「新品を好む」消費意識が根強く、中古衣料の供給量は多い一方、主な需要は海外、とりわけアフリカにある。格瑞哲の李文財総経理によれば、「アフリカでは月収50〜100ドルが一般的で、新品の服を買える人は約1割、中古衣料を購入できる人が5割程度。残る4割は、十分な衣服すら手に入れられない」という。
国連の貿易データベースによると、2021年の世界の中古衣料輸出額は54億ドルを超え、2030年には市場規模が840億ドルに達すると予測されている。中国の存在感も急速に高まり、2020〜2021年にかけての対アフリカ輸出は123%増加し、世界最大の供給国となった。

中国製中古衣料は、デザインの多様性や品質の高さ、体型への適合性などが評価され、必ずしも最安値でなくとも市場で存在感を示している。
全工程を自社で担う挑戦と挫折
一着の古着は、家庭や回収ボックス、ゴミ集積所などから集められ、消毒・選別・圧縮といった工程を経て輸出される。現地代理店を通じ、都市部から農村部まで広く流通し、市場で販売されるまで、長い道のりをたどる。
格瑞哲は創業当初から、この一連の工程を自社で一貫して担うことを目指してきた。コスト削減と品質管理の両立が狙いだった。現在、中国各地に約3万基の自社回収ボックスを設置し、オンラインプラットフォームも活用しながら、「状態を問わず衣服を回収する」という方針を貫いている。
しかし、その道のりは決して平坦ではなかった。リサイクル業界に対する不信感や市場の未成熟を見誤り、2017年以降の拡張期には、累計で2,000万元以上の赤字を計上。再生素材の技術開発にも先行投資したが、当初は市場の理解が追いつかなかった。
「一歩先を行けば先駆者だが、行き過ぎれば犠牲者になる」。郭松は後にそう振り返っている。
2020年以降、政府によるリサイクル経済支援策が追い風となり、格瑞哲は再び成長軌道に乗った。ウガンダに設立した海外拠点は一度撤退したものの、将来的な再挑戦も視野に入れている。
「まずは国内でデジタル化を徹底する。その上で、改めて本当の意味での現地化を目指したい」。
リサイクル経済に人生を賭けた郭松の挑戦は、今も続いている。
(中国経済新聞)
