中国のデリバリー市場は、長らく「美団」と「餓了么」が支配してきた。
2024年の市場シェアは美団が約65%、「餓了么」が33%で、両社で市場の98%を握る寡占状態だ。そんな中、2025年2月、京東が「京東外売」を本格始動し、業界に衝撃を与えた。京東は「高品質な堂食レストラン」をターゲットに、2025年5月1日までに登録する商家に対し年間手数料を全額免除する大胆な政策を打ち出した。さらに、すべての配達員に五険一金(社会保険+住宅積立金)を支給し、20分間以上の配達遅延で注文を無料にすると約束。これに対し、美団も負けてはいない。4月14日、3年間で1000億元(約2兆円)の補助金を投じ、主に消費者向けのクーポン補助に充てると発表。配達員の社保加入も2025年第2四半期から段階的に実施すると表明した。

この戦いは、単なる価格競争やマーケティングの域を超えている。京東は4月21日、「全ての配達員への公開書簡」を発表し、美団が配達員に「二択強要」(京東か美団のどちらか一方を選ばせる)を強いていると非難。美団は即座に「噂だ」と反論し、両社の舌戦はSNSやメディアを巻き込んだ「口水戦」に発展した。京東の創業者、劉強東氏は自ら配達員として街に出て注文を届け、SNSで「劉社長が自らにデリバリーを届けた!」と話題に。一方、美団の王莆中社長は「京東の倉庫配送システムは時代遅れ」と皮肉り、両社の対立はトップ同士の直接対決の様相を呈している。
デリバリー市場の「三つの戦場」
この「デリバリー大戦」は、消費者、商家、配達員の三つの戦場で繰り広げられている。
一、消費者:補助金の狂乱
京東は「百億元補助金」を掲げ、さまざまな満減(割引)キャンペーンを展開。美団も「神券天天領」などのクーポンで対抗し、結果として外売の平均価格は劇的に下がった。4元(約80円)のスターバックスコーヒーや8元(約160円)のブランドランチが登場するなど、消費者はまさに「羊毛をはけむ(お得を享受する)」状態だ。 しかし、この「焼金戦争」は過去の中国インターネット業界でも繰り返されてきた。2010年の団購(グループ購入)ブームでは、5000社以上が70億元(約1413億円)を投じて1元映画や9元ディナーを提供したが、多くの企業が資金枯渇で倒れた。今回の補助金競争も、消費者には一時的な恩恵をもたらすものの、持続可能性が課題だ。

二、商家:手数料の攻防
デリバリープラットフォームの手数料(技術サービス料)は、飲食店の悩みの種だ。通常6~8%、地域によっては25~30%に達する手数料は、飲食業界の平均利益率(5~15%)を圧迫いる。京東は「ゼロ手数料」を武器に商家を引き込み、2025年5月1日までの登録で年間手数料を免除。美団はこれに対抗し、中小商家の手数料率を柔軟に引き下げる「護城計画」を展開した。 ある火鍋チェーンの経営者は「美団が初めて手数料の値下げを提案してきた」と驚きを隠せない。京東の参入は、商家にプラットフォームとの交渉余地を与え、業界の力関係を揺さぶっている。
三、配達員:待遇改善の競争
配達員はデリバリーの生命線。京東はすべての配達員に健康保険、労災保険、年金などを支給し、配偶の就職支援まで約束。美団も社保加入や遅延ペナルティ免除制度を導入し、配達員の待遇改善を加速させた。SNSの投稿では、京東と美団のユニフォームやバッグを混ぜて着用する配達員が目撃され、「どのプラットフォームで稼げるか」が彼らの優先事項であることが伺える。 両社の競争は、745万人ともいわれる美団配達員の労働環境改善に一定の効果をもたらしていますが、巨額のコスト増も避けられない。
戦いの本質は「即時小売」の制空権争い
表面上はデリバリー市場のシェア争いですが、その本質は「即時小売」の覇権を巡る戦いだ。
「即時小売」とは、30分以内に商品を届けるサービスで、2023年の市場規模は6500億元(約13兆1286億円)、2030年には2兆元(40兆円)超に達すると予測されている。 美団は「美団閃購」を2018年から展開し、非飲食カテゴリー(3C、酒類、日用品など)の日次注文が1800万件を突破。京東の主力である3Cや日用品の市場を侵食している。一方、京東は外売を高頻度需要の入口と位置づけ、アプリの利用頻度を高めて生鮮食品や3C商品の販売を強化する戦略だ。
両社のビジネスモデルも対照的だ。京東は自社物流と「品質」を武器に、「9分間配送」や高級レストランの外売で差別化を図る。美団は7700万件の日次デリバリー注文を基盤に、「30分間で万物到着」の即時需要ネットワークを構築。専門家は「美団の高頻度モデルが低頻度の伝統的ECを侵食している」と指摘し、京東の「外売参入」は防御的かつ戦略的な一手だと分析いる。
勝敗の行方と業界への影響
この戦いの結末はまだ見えない。美団は市場シェアと配達員の規模で圧倒的優位に立ち、京東は物流効率と資金力で対抗。美団が守り切れば京東は撤退の憂き目に遭う可能性があるが、京東が「品質外売」でニッチを確立できれば、業界のルールを変えるかもしれない。
消費者にとっては、低価格と高品質なサービスが享受できる「蜜月期」だ。商家は手数料交渉の余地を得、配達員は待遇改善の恩恵を受けている。しかし、専門家の洪勇氏は「競争はサービス品質の向上と業界の標準化を促す」と評価しつつ、過度な「焼金」は持続不可能だと警告いる。 もう一つの注目点は、餓了么の「沈黙」だ。市場シェア15~30%の餓了么は、京東の参入でさらに圧迫され、「業界3位の死の呪い」が囁かれている。

京東と美団の「デリバリー戦争」は、単なる企業間の争いを超え、即時小売という新市場のルールを定義する戦いだ。京東の劉強東氏は「外売は5%以上の利益率を許さない」と宣言し、商家や配達員を重視する姿勢を強調。美団は「30分間で万物到着」のビジョンで応戦する。この戦いは、消費者にとっての利便性、商家の収益性、配達員の尊厳をどうバランスさせるか、業界全体に問いを投げかけている。
中国のデリバリー市場は、変革の嵐の中に立っている。京東と美団、どちらが勝利を収めるのか? それとも、両者ともに新たな共存の道を見出すのか? この戦いの行方は、中国ネット消費市場の未来を占う試金石となるだろう。
(中国経済新聞)