上海の中秋節―月餅から見える中国

2022/10/13 15:30

「床前明月光、疑是地上霜。挙頭望明月、低頭思故郷。」かの李白の名作「静夜思」の詩である。コロナ禍で中秋節での帰省も思うに任せない数年、その想いを痛感する人も多かろう。故郷への想いは時代と国境を越えて普遍的なものである。

今年の中秋節は9月10日だった。猛暑が幾分和らぎ始めた九月に入ると、街中の店頭に様々な意匠を凝らした月餅が並び始める。形も大きさもさまざまでバラエティーに富み、とりわけカラフルで趣向を凝らした包装には目を奪われる。日本には年に二回、御中元と御歳暮という慣行があるが、中秋節の月餅ギフトは中国のお中元に相当するものとも言える。ごく親しい友人同士や親族間では質素な品を贈答し合うが、大事な取引相手やお得意様には、これでもかというほど見た目も豪華で高級な月餅を送る習慣がここ最近は根付き、コロナ禍の数年でさえ月餅の取引量は微増だが確実に増えていた。

ところが今年、政府からある通達が出た。月餅の包装の過剰を戒め、高級に行き過ぎた傾向に歯止めをかける内容である。店頭で見る月餅は言うまもなく、特に高級ホテルやラグジュアリーブランドが客に贈呈する月餅があまりにも贅沢すぎ、ほんの数個の月餅を包装するには過剰すぎるのだ。その結果、2022年は、単価200元(約4000円)以下の月餅が全体の90%以上を占めることになり、国の月餅販売総額も243億元あまりと予測されている。ちなみに月餅販売会社数は4万478社にのぼるといい、月餅の取引だけに従事する業者も多く、年一回の月餅の取引だけで食べていけるとも言われる。

ところで月餅ブランドには、杏花楼、稲香村、香港美心、広州酒家などの人気老舗以外にも、近年ではスタバ、KFC、ピザハット、ハーゲンダッツなどグローバル企業の新規参入組もある。そして、月餅の風味も広式(広東風)、蘇式(蘇州風)、京式(北京風)、港式(香港風)、そして台式(台湾風)などとされる。ほとんどが甘いもので、思えば二、三十年前、いや十年ほど前までの月餅といえば、茶色い堅めの生地の中に、甘ったるい黒あんこの詰まった、どちらかといえば、味気ない伝統的なお菓子というイメージが強かった。ところが、ある時期から生地や詰め物が変わってきた。伝統的なこしあん、蓮の実、ナツメ、クルミやゴマなどに代わり、そのうちチョコレート、チーズ、抹茶、コーヒー入りの月餅も出回るようになったのだ。中でも衝撃的だったのはハーゲンダッツの月餅だ。チョコ生地の中にアイスをくるんだ月餅は強烈なインパクトを与えた。そうした外来文化の影響を受けて、伝統的な月餅も創意工夫によって進化していったとも言える。中でも「流心奶黄」と呼ばれる香港美心という高級月餅は、とろりとした卵黄と蓮の実のあんこ仕立てのクリーミーな舌触りで、まさに中国スイートの逸品とも言えるもので、私の大のお気に入りである。

 また、中秋節、街中のレストランは普段以上に賑わいを見せる。月餅を携えて、親族や旧知の仲と久しぶりの再会を楽しむ人々でどの店もあふれかえり、店外には順番待ちの行列さえできる。円卓に次々と並べられる料理に舌鼓を打ちながら他愛も無い会話を交えながらのひと時は中秋節ならではの光景であろう。そして散会後の別れ際の名残惜しさを様々な言葉に乗せてお互い声高に送り合う光景も見ていて微笑ましいものである。しばらく緩みがちだった人の輪が中秋節の月餅を介して再び形を取り戻すかのようでもある。

 およそ3000年前、月へのお供え物として生まれた月餅。唐の時代、戦勝祝いとして唐の皇帝に献上された月餅は、その後、明代になってから中秋節に月見をしながら食し、一家団欒を願う民間風習として根付いていったとされる。中秋節に家族や友人と楽しむ月餅だが、時を隔てた今でもスタイルは変われど、人と人の絆をつなぎ深める欠くべからざる社会慣習として生き続けている。満月を愛でながら丸い月餅を食べて過ごす中秋節。その味は時代と共に変わりゆくが、月餅で送り合う「円満」を願う心に変わりはない。

(文・ 松村浩二)

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【筆者】松村浩二、福岡県出身、大阪大学大学院で思想史を学ぶ。上海在住24年目を迎える日本人お婿さん。