上海の国有資産、文体旅融合で新たな成長曲線

2026/09/15 12:00

上海の国有企業が、文化・スポーツ・観光を融合した新たなビジネスモデルの構築に乗り出している。

その象徴ともいえるのが、上海の国有企業グループ、久事集団による資産再編だ。傘下の上海交運股份有限公司は社名変更と資産交換を行い、新たに「上海久事動娯文旅集団股份有限公司(久事動娯)」として生まれ変わった。

今回の再編では、自動車部品製造など従来型の事業を切り離す一方、スポーツイベント、水上観光、都市型施設の運営、物流・関連サービスなどを新会社に集約。文化・スポーツ・観光を中核とする上場プラットフォームへの転換を図った。

単なる事業ポートフォリオの入れ替えではない。上海が持つ大型スポーツイベントや都市観光資源を、資本市場と結び付け、より効率的かつ収益性の高い事業へと転換する試みである。

再編後初となる2026年上期の決算では、売上高が20億7100万元(約430億円)と前年同期比19.55%減少した一方、純利益は2214万元で同121.92%増加した。売上高は減少したものの、事業構造の転換によって収益性は大きく改善している。

同社は2026~2028年を業績コミットメント期間とし、この3年間の親会社株主帰属純利益の累計額で3億4000万元以上を目指している。

では、久事動娯は今後、どこから成長を生み出すのか。

久事動娯が成長戦略の柱に据えるのが、既存資産の収益力を高める「きめ細かな運営」だ。久事集団の過剣飛董事長は、現在の消費市場について、価格帯によって需要が二極化していると指摘する。そのため、大衆向けの手頃な商品で安定した集客を確保する一方、富裕層を対象とした高付加価値商品を拡充し、客単価を引き上げる考えだ。

この戦略が特に成果を上げているのが、同社の中核事業であるスポーツイベントである。

2026年の上海マスターズでは、7月30日のチケット発売開始以降、販売枚数、売上高とも前年同期を上回り、売上高は16%増加した。高級チケットや専用ホスピタリティーパッケージ、選手との交流体験など、付加価値の高い商品が好調で、増収をけん引している。

F1中国グランプリの上海大会では、高価格帯商品の収益力がさらに際立った。

2026年大会では約8万席の固定観戦席が用意されたが、そのうち約5%にすぎないVIPボックスや高級席が、チケット収入の20%超を占めたという。

さらに、高級VIP商品の価格は1人当たり約4万元に達した。従来の最高価格が約4000元だったことを考えると、価格は約10倍に跳ね上がったことになる。

つまり、スポーツイベントを単なる「観戦チケットの販売」にとどめず、食事や接待、選手との交流などを組み合わせたプレミアム体験として提供することで、客単価を大幅に引き上げることができる。

久事集団の谷際慶副総裁によると、海外ではこうした高級スポーツ体験市場がすでに成熟している。

2026年のラスベガスF1では、最高級の観戦パッケージが100万ドルに達する商品も登場した。2025年のF1上海大会でも、英国人シェフのゴードン・ラムゼイ氏による専用パドック・パッケージが1人1万9000ドルで販売され、100席限定だったにもかかわらず、発売後すぐに完売した。

谷氏は「国内でも高所得層の間で、こうしたきめ細かなカスタマイズ型のスポーツ体験への需要が急速に高まっている」とみている。

久事動娯はこうした海外のビジネスモデルを参考に、今後の中国マスターズでも高級観戦サービスを展開する計画だ。会場の屋上に専用の観戦スペースを設け、ロジャー・フェデラー氏との交流イベントや著名なイタリア人シェフによる高級料理などを組み合わせ、希少性と専門性を兼ね備えたプレミアム体験を提供する。

こうした「大衆向け商品と高級商品の二層展開」は、水上観光事業にも広がっている。久事動娯が運営する黄浦江クルーズは、年間約400万人が利用する上海を代表する観光コンテンツだ。しかし、客単価の低さや団体客への依存、リピーターの少なさなどが課題となっていた。

また、これまでは一般客向けサービスとVIPサービスの動線が十分に分かれておらず、高所得層の消費を取り込む余地が残されていた。

そこで同社は、手頃な価格の一般向け商品を維持して安定した集客を確保する一方、VIP専用の乗船口、カスタム仕様の遊覧船、高級個室を備えたレストラン船などを整備する。

ビジネス接待や国内外の富裕層をターゲットに、高付加価値のサービスを充実させることで、客単価と収益性の向上を目指す。

久事動娯が取り組むもう一つの重要なテーマが、成長エンジンの多様化だ。楊亦斌董事長は、これまでの「単一IP・単一施設」に依存した成長モデルから脱却し、「スポーツ×テクノロジー」という新たな領域を開拓する必要があると指摘する。

そのため、今後はM&A(企業の合併・買収)だけでなく、合弁会社の設立や資本提携など、さまざまな手法を組み合わせて事業を拡大していく方針だ。

その一つが、海外の有力スポーツIPの誘致である。同社は現在、女子テニス協会(WTA)と500シリーズ相当の大会誘致について協議している。実現すれば、同社のテニス関連事業をさらに強化できるほか、「女性消費」の取り込みにもつながると期待されている。

さらに注目されるのが、スポーツとデジタル技術の融合だ。久事動娯は、上海マスターズを通じて蓄積した国内のテニスファン基盤を活用し、AIやデータ技術を取り入れた新たなサービスの開発を進める。

構想の一つが、テニスコートへの判定・分析システムの導入だ。将来的には全国のテニスコートに関連設備を展開し、利用者のプレーデータを共通のアプリに蓄積する。

そのデータを活用して、プロ選手の動作との比較や、個人に合わせたトレーニング指導などの付加価値サービスを提供する。

テニスでビジネスモデルを確立した後は、バドミントン、卓球、ピックルボールなど、他のスポーツにも横展開する考えだ。スポーツイベントを「その場限りの消費」で終わらせず、利用者のデータを蓄積し、継続的なサービス利用につなげる狙いである。

スポーツ施設の運営ノウハウを外部に提供する「軽資産型」の事業展開も進めている。2024年9月には、蘇州高鉄新城で「久事体育万体匯」を開業。久事のブランド力や運営ノウハウ、スポーツイベントのIPを組み合わせたモデルを構築した。現在では無錫、昆山、紹興、寧波、台州などの地方政府からも誘致の打診があるという。

不動産やオフィスなど従来型の投資が減速する一方、スポーツ施設は集客力を生かして周辺の商業施設や飲食などにも消費を波及させられる。このため、地方都市でもスポーツを軸とした複合施設への関心が高まっている。

久事動娯は、自ら施設を大量に保有するのではなく、ブランド、運営ノウハウ、スポーツIPを外部に提供することで、資本負担を抑えながら事業規模を拡大する考えだ。

既存事業との相乗効果が期待できる新分野にも進出する。その一つが、競技馬などの専門輸送事業だ。同社が誘致した国際的な馬術大会を足掛かりに、馬匹輸送市場への参入を検討している。中国国内では馬匹輸送サービスの供給が分散しており、専門的なサービスを提供できる事業者はまだ少ない。

上海の港湾・空港を通じて年間1000頭を超える馬が輸入されていることから、国内の各地域への輸送を含め、専門物流への需要は今後も見込める。

また、同社の物流部門は、F1関連の国内輸送業務の獲得も目指している。実現すれば、高付加価値のスポーツイベントを支える専門物流という新たな収益源になる可能性がある。

もっとも、今回の再編で最も重要なのは、単に複数の事業を一つの会社に集めることではない。スポーツ、観光、演芸、施設運営、物流など、異なる事業をどこまで有機的につなぎ、一つの消費エコシステムとして機能させられるかが、今後の成否を左右する。

久事動娯では、従来の物流、整備、製造などを中心とした組織から、文化・スポーツ・観光事業を横断的に運営できる体制への転換を進めている。

従業員の中長期的なインセンティブ制度についても検討が始まっており、ブランド刷新や企業文化の再構築を通じて、組織の活性化を図る。

そして、もう一つのカギとなるのが顧客データだ。同社の「久事智慧体育」アプリには、約380万人の有料チケット購入者のデータが蓄積されている。これをAIで分析し、顧客属性に応じたクーポンを配信するとともに、提携店舗との収益分配につなげる仕組みを構築する。

2026年7月18日に行われた上海申花対天津の試合では、約3万4000枚のチケットが販売された。会場内の特典ページへのクリック数は33万件、SMSによる情報配信は2万人に達し、顧客を7つのカテゴリーに分けてマーケティングを行った。

その結果、ターゲットを絞って配信したクーポンの開封率は、従来の3~5%から10%超まで上昇したという。