「口外しないことを条件に詳細な話を聞かせてもらった。日本については大変な力添えをいただいたということで、深く感謝を申し上げる内容だった。これ以上は申し上げられない」
15日夜、米中首脳会談から大統領専用機エアーフォースワンで米国に戻るトランプ大統領からの電話を受ける形でおこなわれた「電話会談」の後高市首相が記者団に語ったコメントである。発表では午後7時半からおよそ15分間の会談だったという。当然通訳を介してのものだと推測できる15分、「詳細な話」とはいかなるものなのか、わざわざ「口外しないことを条件に」と振るところが、いかにも「ポーズ」(見せかけ)をなにより重視する高市首相らしい。
本論からの「脱線」で恐縮だが、米中首脳会談に先立って日本に立ち寄ったベッセント財務長官の「表敬」(これも、トランプ政権への「懇願」の末、格好をつけたと言うべきものであることは外交担当記者たちの「常識」であるがここでは置くことにする)を受けて握手後、席に着くやいなや何を思ったのか高市氏はカメラに向かって「頬杖」をつくポーズをとった。ほとんどのニュース映像ではこのカメラ目線の「頬杖」はカットされて放送されたので知る人はそれほど多くないだろう。理解不能のこの「しなをつくる」姿に、これがわが日本国内閣総理大臣かと、言葉を失ったのだった。
今年1月の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)に合わせて行われた日米財務相会談で、ベッセント氏が片山さつき財務相に「浴びせかけた厳しい言葉」は、日本の当局者から見ると、通常の意見交換というよりも叱責に近いものだったと「事情に詳しい複数の関係者が非公開情報だとして匿名を条件に語った」という。そんな、トランプ政権屈指の「日本通」ベッセント氏が高市氏のこの「しなをつくる」姿をどう思ったか、その時を捉えたベッセント氏のリアクション映像を見ることができないのがなんとも残念である。
本論に戻る。トランプ大統領から「詳細な話」を聞かされた高市首相は、今回の米中首脳会談について、何を、どう「学び取った」のであろうか。われわれにとってなによりも重要なのはここである。
「トランプ大統領から、かなり詳細に説明をいただき、緊密に意思疎通を行っていくことで一致した。トランプ大統領との間で揺るぎない日米同盟を確認することができた。来月のG7サミットの機会に会うことをお互い楽しみにしようということで緊密に連携していく」と囲みの記者達に語る高市氏からは今回の米中首脳会談を世界大の視界でどう位置づけ、どのような意味を持つものと理解したのかが皆目伝わってこない。さらに、自身の「国会発言」によって根底から破壊してしまった日中関係をどうするのか、問題意識のかけらさえうかがえない。
今回の米中首脳会談で「アタマ撮り」が許された冒頭発言で習近平主席が語った「中米はいわゆる『トゥキディデスの罠』を乗り越え、大国関係の新たなパラダイムを構築することができるのか。手を携えてグローバルな課題に対応し、世界により多くの安定性をもたらすことができるのか。両国民の福祉と人類の未来に着目し、両国関係の素晴らしい未来を共に切り開くことができるのか。これらは歴史の問い、世界の問い、人民の問いであり、大国の指導者が共に書くべき時代の答案でもある」という文脈が意味するところを深く捉えておく必要がある。とりわけ「トゥキディデスの罠」を引いた含意である。ここでは「トゥキディデスの罠」の来歴は割愛するが、従来の秩序にとって代わる新たな時代の世界秩序の姿が見え始めているという世界認識、時代認識にあることを問わず語りに語っていることを知る必要がある。すなわち、世界は変わる、時代は変わる、その「とば口」に立っている、つまり歴史的な大転換点に立つわれわれだという認識こそが、いま、欠かせない、その認識の上にどのような世界の姿を描くのかをトランプ氏に問うたと言うべきなのである。習氏が「トゥキディデスの罠」を引きながら「新たなパラダイムを構築することができるのか」とトランプ氏に語りかけたことは極めて重い。
そこで、「口外しないことを条件に詳細な話を聞かせてもらった」高市首相である。問われるのは、現在の世界認識、なかんずく中国、アジアにかかわる構造的理解と時代認識である。
連休中、高市首相はベトナム、オーストラリアを訪問した。「外交政策」スピーチに立ったベトナムはもとより両国において「FOIP(自由で開かれたインド太平洋)」戦略の「進化」について力説した。国内外、そして、時を分かたず、とにかく高市氏の口を突いて出るのは「FOIP」である。この「FOIP」の来源は、高市氏がベトナムでの外交スピーチでも述べたように、2016年、ケニアを訪問した安倍晋三首相の語った「外交ビジョン」にあるとされている。しかし、実は、それより遡る2012年、安倍氏がNPO「プロジェクト・シンジケート」のウェブサイトに英文で寄稿した「アジアの民主主義、安全保障ダイヤモンド(セキュリティダイヤモンド)」構想に始まる。この論稿で安倍氏は、南シナ海が「北京の湖」になりつつあると警戒感をあらわにするとともに、「東シナ海で中国に屈服してはならない」と強い決意を披歴した。こうした戦略観に立って「インド洋から西太平洋にかけて共有する海を守るため豪州、インド、日本、米国・ハワイを結ぶダイヤモンドを形成する」安全保障戦略を提唱した。その後、「自由で開かれたインド太平洋戦略」へ、さらに「戦略」から「構想」へと呼称を変えながら現在に至っているものである。
ありていに言えば、「中国包囲網」としての「セキュリティダイヤモンド」であり、その「変化」系として高市氏がゆく先々持って回る「FOIP」がある。すなわち、「中国脅威論」から1ミリたりとも踏み出せない対中国認識およびアジア、世界認識というべきものなのである。こうした、言うところの「価値観外交」による「中国包囲網」という時代錯誤以外の何ものでもない発想を戦略と言えるのか。端的に言えば、ASEAN諸国はじめ世界は、一見耳を傾ける風は装うが、すでに聞く耳を持たない時代状況(その一端は先月の本稿でも触れた)にあることを厳しく知らなければならない。すでに「ダイヤモンド」は欠けているのだ。
世界は新たな世界秩序を待っている。高市氏の、口を開けば「FOIP」一点張りでは、もはや時代に取り残される。そのことへの認識こそが、今回の米中首脳会談から学び取るべきことなのである。
トランプ大統領の招待に応じて今秋にも習近平主席は国賓として訪米する。11月にはAPEC首脳会議が中国・深圳で、さらに年末にはG20がフロリダで開催される。今後、複数回の首脳会談が予想される。今回の会談はあくまでも「通過点」と位置付けるべきものである。中国は間違いなくそうした長い射程で戦略的にものを考えているであろう。
われわれの中国と世界そして時代への視界をさらに広く、深くしていくことがますます死活的に重要になる。いつまでも「欠けたダイヤモンド」に縋る生き方から脱却しなければならないのである。
(文・木村知義5月17日記)
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【筆者】木村知義(きむら ともよし)、1948年生。1970年NHK入社。アナウンサーとして主に報道、情報番組を担当。1999年から2008年3月まで「ラジオあさいちばん」(ラジオ第一放送)のアンカーを務める。同時にアジアをテーマにした特集番組の企画、制作に取り組む。退社後は個人研究所「21世紀社会動態研究所」で「北東アジア動態研究会」を主宰。
(中国経済新聞)
