午前3時の北京。北京市昌平区にある北京市昌平職業技術学校の校門前には、すでに長蛇の列ができていた。テントを張る保護者、折り畳み椅子を持ち込む人、毛布にくるまって夜明けを待つ人の姿もある。その光景は学校説明会というより、春節前の帰省ラッシュを思わせる熱気に包まれていた。
列の中には、中国人民大学附属中学や清華大学附属中学の制服を着た生徒の姿もあった。かつて「トップ進学校予備軍」と見なされていた名門中学の生徒たちが、今や保護者とともに職業学校の面接を待っている。

5月10日、昌平職業技術学校で自主募集が始まった。同校は「先着順」で選考を行う方式を採用しており、保護者の中には前日から並ぶ人もいた。ある専攻では定員30人に対し、500~600件の応募が殺到。当日の午後5時前にはすべての専攻が定員に達し、学校側は急きょ募集終了を発表した。
同様の光景は、北京市商業学校、北京市信息管理学校、北京衛生職業学院、北京鉄路電気化学校など、北京市内の他の職業学校でも見られた。
かつて職業教育は、多くの家庭にとって「最後の選択肢」とされ、高校受験に失敗した際の“受け皿”というイメージが強かった。しかし現在、その位置づけは大きく変わりつつある。人気校では「入りたくても簡単には入れない学校」へと変貌している。
昌平職業技術学校は、一部で「職業高校界の985」とも呼ばれ、合格率は5%未満とも言われる。同校の人気を支えているのは、高い就職実績だ。就職率は長年95%以上を維持し、卒業生の約7割が有名企業や安定した公的機関に進んでいるという。
卒業生の就職先には、首都空港、北京地下鉄、北汽新能源、通信事業者、ガソリンスタンドなどの国有系企業が並ぶ。初任給は6000~8000元(約12万~16万円)程度で、社会保険や住宅積立金などの福利厚生も整っている。
近年、さらに注目を集めているのが、「3年間の中等職業教育と、その後の高等教育を組み合わせた一貫教育制度」や、「中等職業教育から大学本科までを直結する進学制度」の一貫教育制度だ。中等職業教育から本科課程まで接続されており、最終的には全日制大学の卒業証書と学士号を取得できる。
北京市の高校入試は満点510点。一般的な公立高校でも410点前後が必要とされる地域がある一方、昌平職業技術学校の「中本一貫クラス」では380点前後でも出願の可能性があるとされる。
つまり、「普通高校に進学して大学受験を目指す」よりも、「職業教育ルートで本科資格まで確保する」ほうが、将来的な安定につながると考える家庭が増えているということだ。
実際、ある保護者は「子どもが将来、安定した仕事に就き、生活に困らなければそれで十分。211や985のようなエリート大学を卒業しても就職できないより、よほど現実的だ」と語った。

背景には、中国社会を取り巻く二つの大きな変化がある。
一つは、国家戦略と資源配分の変化だ。地政学的競争が激しくなる中、中国では食料、安全保障、産業基盤の維持を重視し、国有企業分野への投資が拡大している。
統計によると、中国の非金融系国有企業の総資産は2016年の131兆元(約2620兆円)から、2024年には401兆元(約8020兆円)へと急増した。いわゆる「鉄飯碗(安定職)」の価値が再び高まり、職業学校はそうした分野へ技術人材を送り出す重要なルートとなっている。
昌平職業技術学校でも、航空サービス、都市鉄道交通、新エネルギー車、バイオ医薬などの専攻を設置し、首都空港、北京地下鉄、華潤三九など大手企業との連携を進めている。

もう一つの変化は、人工知能(AI)の急速な進展だ。
ジェンスン・フアン(黄仁勲、Jensen Huang)氏は最近の講演で、「過去の産業革命が反復的な肉体労働を代替したのに対し、AI革命は反復的な知的労働を代替する」と指摘した。
文書作成やデータ整理、単純分析など、標準化されたホワイトカラー業務はAIによる代替リスクに直面している。一方で、電力網やデータセンター、半導体工場など「物理世界」を支える現場では、依然として多くの技術者が必要とされている。
清華大学人工知能教育研究所の韓錫斌所長も、「AIは従来の職種構造を変えつつあり、今後は人とAIが協働できる能力が重要になる」と指摘している。
こうした変化の中で、「オフィスワーク=安定」という従来の価値観が揺らぎ始めている。代わって、現場での判断力や実践技能を持つ人材の価値が見直されている。
職業教育への進学というモデルは、むしろ欧米諸国のほうが先行している。ドイツでは、中学卒業生の約6割がデュアルシステム型の職業教育に進む。学生は企業で実習を受けながら職業学校で理論を学び、企業から給与も支給される。
スイスでは、その割合は約75%に達するとされる。職業教育は「成績の低い学生向け」ではなく、優秀な生徒も将来設計に応じて選択する一般的な進路となっている。

こうした国々では、職業教育と学術教育は対等なキャリア形成ルートとして社会に定着している。
北京で保護者たちが深夜から職業学校に並ぶ姿は、不確実性の高まる時代において、「安定」という価値を求める動きを象徴しているとも言える。
普通高校から大学へ進むルートは、高いリターンが期待できる一方で、競争が激しく結果の振れ幅も大きい。それに対し、職業教育の一貫コースは、より安定した就職と学歴取得を見込みやすい進路として受け止められている。
「不確実性が常態化する時代では、確実性そのものが価値を持つ」。
北京で起きている職業学校ブームは、そんな社会意識の変化を映し出している。
(中国経済新聞)
