「飼料王」の劉永好 波乱万丈の人生

2026/01/26 07:50

中国の民営経済を象徴する人物、劉永好氏。かつては数千億元(数兆円)の時価総額を誇る「飼料大王」として君臨していたが、今や負債約千億元を抱える「負債王」へと転落した。その商業帝国は厳しい試練に直面している。74歳の劉永好は静かに新希望集団の董事会から退き、27年間にわたり執掌してきたポジションに別れを告げた。この時点で、新希望集団の総負債は850億元(約2兆円)に達した。

2万円で創業

 劉永好の物語は、中国民営経済の励志伝として長らく語り継がれてきた。1982年、彼は3人の兄弟とともに、集めた1000元(約2・2万円)でウズラの飼育事業を始めた。当時の中国は改革開放の初期段階で、民営企業が芽吹き始めた時代だった。兄弟たちは小さな農場からスタートし、努力と革新で事業を拡大していった。

 1986年までに、彼らのウズラ飼育工場は年間生産量15万羽に達し、海外輸出も実現。「ウズラ大王」の名をほしいままにした。この成功は、劉永好の市場感覚の鋭さを示すものだった。ウズラ事業の経験から、彼らは豚飼料の潜在的な需要に気づいた。中国の畜産業は急速に発展しており、質の高い飼料が求められていたのだ。

 兄弟たちは独自に「希望一号」という乳豚飼料を開発。輸入品の半額という低価格ながら、優れた品質で市場を席巻した。1995年までに、希望集団の飼料年間生産量は100万トンを突破、産出額は15億元(約340億円)に上った。業界のトップとして不動の地位を築き、同年、劉氏兄弟はフォーブス誌のグローバル富豪リストで中国人首位にランクインした。

 1998年、新希望は上場を果たし、中国で最初の上場民営企業のひとつとなった。2011年には、グループの年間売上高が1000億元を超え、劉永好の帝国は頂点を極めた。この時期、新希望は飼料事業を中心に、多角化を進めていた。農業、食品加工、不動産、金融など幅広い分野に進出。劉永好は「中国民営経済の化石」と称されるほど、その軌跡は中国経済の変遷を映し出していた。

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