香港の求人フェアに若者殺到 学歴偏重の採用に揺らぎ

2025/12/8 12:30

香港の就職市場が大きな転換点を迎えている。先週末、香港・アジアワールドエキスポでは、香港最大級の就業イベント「イノベーション香港・国際人材カーニバル」が開かれ、400社以上が参加し、2万件を超える求人が公開された。会場には、香港の大学院生、海外からの帰国者、さらには中国本土での就職活動が難航している新卒者など、多様な経歴をもつ若者が押し寄せた。

記者が会場を歩くと、金融・保険、AI、バイオテクノロジーなど成長分野の期待感を背景に、活気と不安が入り混じる“いまの香港”が浮かび上がった。

■「内定ゼロ」の現実 高学歴でも突破できない壁

香港の大学院で工学を学ぶLynnは、分厚い履歴書の束を抱えて企業ブースを回っていた。

ここ数カ月、ファーウェイやZTEなど中国の大手企業に応募したものの、結果はすべて不採用。「何社応募したのか、もう覚えていません」。そう語る彼女にとって、この大規模フェアは“最後の望み”に近い。

同じく香港の大学で学ぶHayleyも、「動いてみないと何も進まない」と話し、不安を抱えながらブースを巡る。多くの求職者が、わずかな可能性を逃すまいと真剣なまなざしを向けていた。

一方、英国留学から戻ったMonicaは、行政管理職に狙いを絞り、30枚の履歴書を手に軽快に面談を進めていた。「自分に合う仕事は必ずある」。

彼女は既に深圳の企業2社から内定を得ていたが、企業規模が小さいことや給与体系が不透明として辞退したと語る。香港を志望する理由は、広東語と英語の両方を使える“言語面の優位性”と、大企業が用意する明確なキャリアパスにあるという。

■求人は多いが、見えてくる“構造的偏り”

華やかな企業ロゴが並ぶものの、求人数の構造には偏りも見えた。全体を見渡すと、3割以上が金融・保険の営業職。一方、大学や研究機関の研究職ブースは、昼前には人影もまばらだった。また、最新技術企業のエリアも設置されていたが、新卒を積極的に採用する大手企業は想像ほど多くない。

香港科技大学でマーケティングを学ぶZackは、卒業まで一年あるが「市場の温度を確かめに来た」と話す。「求人は減り、求められるレベルは確実に上がっています」。厳しさが増す就職環境のもと、早期から情報収集に動く学生が増えているという。

■なぜ23万人が香港に残るのか ― 「働く場所」としての吸引力

香港が若者を引きつけ続ける理由は大きく三つある。

① 国際金融都市の高収入・高付加価値の仕事

銀行、保険、資産運用、いわゆる家族資産オフィスなど、金融分野は専門性が高く、給与水準も際立って高い。

英国大学院を卒業し、国内大手からの内定を辞退して香港の家族資産オフィスに入社したEdenは語る。「給与が高いだけでなく、働き方も柔軟。香港でも中国本土でも仕事ができます」彼にとって香港は、若いうちから国際金融のキャリアに乗れる“近道”でもある。

② 新興産業への政府支援

香港政府は「科学技術人材誘致計画」などを通じ、AIやバイオ系の企業に最大50%の税制優遇を実施。2025年には約1万2000人の技術人材が不足すると見込まれ、理工系学生には大きな追い風だ。

③ ビザ制度の緩和で“働きやすい香港”へ

かつて最大の障壁だった就労ビザも、企業側の申請サポートなどにより手続きが大幅に簡素化。「高才通(高度人材入境計画)」の継続率は55%に達した。とはいえ、広東語・英語の語学力やビザ審査の不確実性は、今なお中国本土出身の学生にとって“見えない壁”として残っている。

■採用基準は変化する ――「学歴だけ」では評価されない時代へ

企業が重視する基準は、従来の学歴中心から、より実務的な能力へと移りつつある。

業界・職種の関連経験:75%
大企業での経験:48%
学歴:54%

たとえ高学歴で書類選考を通過しても、「具体的なプロジェクト経験が乏しい」と判断されて後れをとる例が少なくない。

◆ 今後需要が伸びる職種

世界経済フォーラム「未来の仕事2025」によると、成長が見込まれる職種の多くは技術分野だ。

AI・機械学習スペシャリスト
データエンジニア
フィンテック技術者
サイバーセキュリティ専門家

一方で、銀行窓口、会計アシスタント、一般事務などは急速に縮小している。

◆ 求められる人材像:単能型 → “複合型タレント”へ

金融とプログラミング、産業知識とAI技術など、異分野を横断してつなぐ能力が標準化しつつある。企業側も「複合型人材の体系づくり」を喫緊の課題に挙げており、次世代の教育においても“つなぐ力”“学び続ける力”が重要性を増している。

■若者たちはどこへ向かうのか

夕暮れの会場を出る若者たちの表情には、安堵と不安が交錯していた。華やかな企業ブースの裏側では、競争の現実と構造変化が静かに進行している。理想の仕事を得るには、

専門性(深さ) × 複合力(広さ) × 継続学習(更新力)

この三つを兼ね備えることが欠かせなくなっている。

香港最大級の求人フェアが映し出したのは、若者の焦りだけではない。変わり続ける労働市場の中で、自分の未来をどう築くのか――その問いに向き合う姿だった。

(中国経済新聞)