「ポップマート」の成功物語、静かなるブラインドボックス革命

2025/06/16 12:50

中国・北京。若者たちが列をなして、小さな箱を手にして帰っていく。その中に何が入っているのか、彼ら自身にもわからない。ただ一つだけ確かなのは、それが彼らの「心をときめかせる何か」であるということだ。

この不思議な現象の中心にいるのが、「ポップマート(Pop Mart)」という会社であり、その創業者である王寧という男である。

王寧は1987年、河南省新郷市に生まれた。2005年河南省西亜大学ジャーナリズム・コミュニケーション学部広告専攻卒業後、メディア関連の仕事を経て、2008年に北京で最初のポップマート店舗をオープンした。当初は輸入雑貨や小物を扱うごく普通のショップだった。だが、この男には一つの強烈な問いがあった。

なぜ中国の若者たちは「物」に心を動かさなくなったのか?

王寧は、単なる機能性ではなく、感情や想像力をくすぐるような商品こそ、未来の消費を支えると信じていた。その答えが「ブラインドボックス」、すなわち中身が見えないキャラクターフィギュアの販売だった。

特に大きな転機となったのが、2016年に独占販売を始めたアーティスト「Kenny Wong」によるキャラクター「Molly(モリー)」だった。金髪に大きな目、ちょっとすました顔。この小さな女の子が、中国の若者文化を大きく変えるとは、誰が想像しただろうか。

ポップマートの成功には、三つの要素がある。

一つ目は「IP(知的財産)の力」を信じたことだ。日本のサンリオやバンダイもそうだが、キャラクターには“人の心を動かす力”がある。王寧は、単なる販売ではなく、オリジナルIPの発掘と育成に力を入れ、国内外のアーティストと積極的に提携を進めた。現在、Pop Martは数十種類の自社IPを持ち、独自の世界観を構築している。

二つ目は「マーケティングの巧みさ」。ポップマートは“中身が見えない”という不確実性を逆手に取り、「開封の瞬間の驚き」を最大の魅力に変えた。さらに、SNS時代にマッチした「開封動画」「交換文化」「レアキャラ探し」というユーザー参加型の仕掛けを通じて、消費者自身が広告塔となる仕組みを作り上げた。

三つ目は「販売チャネルの革新」。中国では、ショッピングモールの無人販売機が都市部に急速に普及しているが、Pop Martはこの波にうまく乗った。ポップでカラフルなガチャ型の自販機を大量に設置し、若者たちの「つい立ち寄ってしまう」心理を刺激した。また、アプリやオンライン販売でも独自のプラットフォームを整備し、リアルとデジタルを融合させたオムニチャネル戦略を展開している。

では、なぜ日本では同じようなブラインドボックス文化がそこまで盛り上がらなかったのか。日本にもガチャ文化やフィギュア文化は根強く存在するが、それはあくまで「オタク文化」としての側面が強かった。一方で、中国では「可愛い」「アート」「限定」「開封のドキドキ感」といった要素が、主にZ世代の女子層に日常的な消費として浸透した。つまり、王寧は「マニア」を超えて「普通の女の子」の財布に届く商品設計ができたのだ。

もちろん、ポップマートの未来には課題もある。2022年以降、成長の鈍化、レア狙いによる過度な購買行動、IPの飽和などが指摘されている。しかし、王寧は焦らない。彼は一貫してこう語っている。

「ポップマートは玩具ではなく、“感情を届けるメディア”だ」

モノを買うのではない、感情を買うのだ——そう信じる経営者が作ったのは、単なるフィギュアではなく、“自分と向き合う時間”である。

北京のオフィスで、王寧は今も黙々と新たなIPを育てている。彼の眼差しの先には、単なる流行ではなく、未来の文化が広がっているのかもしれない。

(中国経済新聞)