8月19日、杭州のロボット企業・宇樹科技(ユニツリー)が、上海証券取引所で技術系ベンチャー銘柄として上場した。発行価格は1株150・80元、発行後の時価総額は約609億元(約1兆4405億円)という。数字だけを見れば、単なる成功物語に過ぎないが、これほど注目されている理由は、単なる「上場」でなく、資本という巨大な力をバックに、一人の技術者の情熱がわずか10年間で世界の目が集まる存在へと押し上げたプロセスである。
ユニツリーは、四足ロボットと人型ロボットを中心とした民間用ロボットに特化した技術系企業だ。低コスト・高性能のモーター駆動方式と、フルスタックの自社開発を強みとし、四足ロボットの売上数が世界的にトップクラスの地位に立った上、人型ロボットも急成長を遂げている。
注目を集める理由の一つは、中国で今最も「熱い」人型ロボット企業であり、ロボットの「未来」を象徴する存在だからだ。また別の理由として、その成長が資本の力に支えられてきた点も挙げられる。2016年の創業直後、尹方鳴氏から個人のエンジェル投資として200万元(約4730万円)を受け(株式取得率15%で評価額は約1333万元、)、資金が底をつきかけた2017年には変数資本などから急遽支援を受け、2021年にはシャオミの雷軍氏が関わる順為資本がAラウンドをリードした。その後、美団系が大きな産業株主となり、テンセント、アリババ、バイトダンスなども相次ぎ出資した。評価額は初期の一千万元規模から数十億、百億元台へと跳ね上がり、従業員も数人から数千人規模に拡大した。約10年間で11ラウンドの資本投入を受け、調達額は総額20億元(約473億円)近くにのぼる。強力な財源のもと、2025年にようやくまとまった額の黒字を計上し、売上高約17億元、純利益約2・78億元(約66億円)となった。人型ロボットの出荷量は世界をリードし(2025年に5500台超)、売上高全体の過半数を占めるに至った。
そしてもう一つの理由は、創業者・王興興氏個人の執念である。1990年3月、浙江省寧波の普通の家庭に生まれた彼は、幼い頃から手先が器用で、中学時代に小型のターボジェットエンジンを自作し、高校では充電池を作った。だが典型的な「秀才」というわけではなく、特に英語が弱く高校3年間で赤点を逃れたのはわずか3回だった。周囲から「他の子より少し鈍いのでは」と言われ、自らも不安を抱えた時期があったという。2009年に浙江理工大学の機械系学科に進み、大学1年時にわずか200元(約4730円)の小遣いと手作業の材料で自由度14の二足ロボットを作り上げた。2016年に修士課程を終えて大疆創新(DJI)に入社したが、XDogの動画が海外で話題となり買い手が現れ、投資家が注目したのを機に、会社立ち上げを決意し退社した。「市場に需要があるものだけを作る」と強調し、商業化のクローズドループを何より重視する姿勢は、今も変わらない。
2016年8月26日に杭州で、約50平方メートルのオフィスで会社を立ち上げた。メンバーは数人程度であり、資金が逼迫し給与の支払いに窮した時期には、王氏自身が自腹を切って支給した。2017年、初の商業化製品Laikagoを発表し、低コスト・高性能のモーター四足ロボットの道を世界に先駆けて切り開いた。その後の成長は、資本の流入と技術の熟成が絡み合った結果である。
2025年の中国国営テレビ・CCTVの年越し番組「春節連歓晩会」(NHK紅白歌合戦に相当)で、ユニツリーのヒト型ロボットが初めて全国デビューし、ダンスを披露して瞬く間に人気を集めた。中国全土で注目されたユニツリーは一躍「有名企業」になった。
36歳の王氏は、上場後に保有する株式の時価が約200億元(約4728億円)に達し、1990年代生まれのハードテック実業家の代表格となった。海外のメディアで「中国初・人型ロボット関連の億万長者」とも評された。
こうしたユニツリーの足跡は、「工学的才能+コスト抑制+商業化」という道筋を体現している。研究所の試作機から製品の量産、そして資本市場へと進んだプロセスは、中国式ユニコーン企業の典型的な成長モデルを映し出している。創業者の執念が技術の種をまき、資本がそれを加速させ、急速な商業化や規模拡大で「ワールドクラスの企業」へとのし上がった。激しい競争や諸外国の政策的リスク、技術の進歩の維持といった課題は残る。しかしモーターロボットにおける先駆者、かつ規模の大きさという強みは、依然として際立っている。
資本の力が、個人の情熱を短い間に存在感十分なものに変える。そのスピードとダイナミズムこそ、中国のハードテックユニコーンが世界の舞台に躍り出る時の、静かな、しかし確かな特徴なのかもしれない。
***********************************
【筆者】徐静波、中国浙江省生まれ。1992年来日、東海大学大学院に留学。2000年、アジア通信社を設立、代表取締役社長に就任。翌年、「中国経済新聞」を創刊。2009年、中国語ニュースサイト「日本新聞網」を創刊。1997年から連続23年間、中国共産党全国大会、全人代を取材。2020年、日本政府から感謝状を贈られた。
講演暦:経団連、日本商工会議所など。著書『株式会社中華人民共和国』、『2023年の中国』、『静観日本』、『日本人の活法』など。訳書『一勝九敗』(柳井正氏著)など多数。
日本記者クラブ会員。
