6月8日、米国防総省は中国ネット通販最大手アリババ集団をはじめ、百度(バイドゥ)、比亜迪(BYD)、宇樹科技(ユニツリー・ロボティクス)など複数の中国テック企業を「中国軍事企業」(CMCリスト)に指定したと発表した。このリストは2021年度国防権限法(NDAA)第1260H条に基づくもので、中国軍と関連があると判断される企業を特定し、米国防総省の調達から排除することを目的とする。 中国側は即座に反発。アリババは「完全なる誤りであり、いかなる軍民融合戦略にも関与していない」と声明を出し、法的措置を講じる構えを示した。BYDや百度も同様に「根拠がない」と強く否定している。
この指定の背景には、米政府の中国に対する安全保障上の深刻な懸念が横たわっている。米国防総省は、中国が推進する「軍民融合」戦略を最大の脅威と位置づけている。これは、民間企業の先端技術や資源を人民解放軍(PLA)の近代化に活用するという国家戦略だ。表向きは商業活動を行う企業が、実際には軍事技術開発や情報提供に寄与している可能性を、米国は警戒している。アリババのような巨大テック企業がこの網にかけられた理由を、以下で詳しく解説する。
指定の法的根拠とアリババへの具体的な指摘
国防総省のCMCリストは、中国企業が米国内で直接・間接的に事業を展開する場合に適用され、指定企業は国防総省との契約締結が制限される。2026年6月30日から直接契約が禁止され、2027年6月からは間接的な調達も対象となる。ただし、民間企業間の取引に直ちに法的罰則が生じるわけではなく、警戒感を高め、米市場からの徐々なる排除を促すシグナルとしての性格が強い。
アリババに対する具体的な理由として、米国防総省は同社が中国工業情報化部(MIIT)と関連がある点を挙げている。MIITは中国の技術・産業政策を統括する省庁で、軍事関連の技術開発にも深く関与する。アリババはさらに、国家資産監督管理委員会(SASAC)とも間接的なつながりがあると指摘された。これにより、アリババが中国の国防産業基盤に貢献する「軍民融合の担い手」とみなされた。
アリババの事業内容がこの判断に直結している。ECプラットフォーム(淘宝網、天猫など)を中核に、クラウドコンピューティング(阿里雲)、AI(通義千問/Qwenシリーズ)、物流(菜鳥)、金融(アント・グループ)、半導体開発、ロボティクスなど多角的に展開する同社は、膨大なデータを扱う。顧客のIPアドレス、決済記録、行動データ、物流情報などは、国家安全保障上重要な情報源となり得る。米国は、これらのデータが中国軍のAI訓練、監視技術、サイバー能力強化に活用される可能性を懸念している。また、阿里雲のクラウドサービスは軍事シミュレーションやデータ処理に利用されるリスクがあると見なされている。
軍民融合戦略の全体像と米国の警戒
中国の軍民融合戦略は、習近平政権下で国家優先事項と位置づけられている。2015年頃から本格化し、民間企業・大学・研究機関の先進技術を軍事部門に統合することで、PLAの近代化を加速させる狙いがある。米国はこれを「民間企業の仮面をかぶった軍事支援」と批判し、リスト指定を通じて対抗している。

アリババの場合、AI基盤モデルの開発が特に注目される。通義千問は中国の生成AIを代表するモデルで、画像認識、自然言語処理、自動運転関連技術に強みを持つ。これらが軍事ドローン、指揮統制システム、諜報活動に転用される可能性を、米国防総省は看過できないと判断した。また、半導体開発への投資も、米国の輸出規制対象技術との関連で警戒を強めている。
過去の指定経緯を見ると、米国のアプローチは一貫している。2025年1月には騰訊控股(テンセント)と寧徳時代(CATL)が追加され、今回さらに主要テック企業が拡大された。2月には一度アリババと百度を指定したリストを公表したが、トランプ大統領の訪中を前に撤回した経緯がある。6月の指定は、5月中旬のトランプ・習近平会談終了後というタイミングで、外交的配慮が薄れた結果と分析される。9月の訪米招待を控えつつも、米国内の強硬派が安全保障優先を主張した形だ。
BYDや百度との共通性と産業全体への波及
アリババだけでなく、BYDはEV・電池技術、百度は検索・自動運転AI、宇樹科技はヒト型ロボットと、各社が中国の戦略的産業を代表する点が共通している。BYDはMIITとのつながりから国防産業基盤への貢献が指摘され、自動運転技術が軍事車両に応用される恐れがある。百度もAIマッピングやクラウドが軍事利用される可能性を指摘された。
これらの指定は、米中技術デカップリング(分離)の加速を象徴する。米国は半導体輸出規制、エンティティリスト、投資制限を多層的に強化しており、CMCリストはその一環だ。結果として、米企業は中国企業との取引に慎重になり、サプライチェーンの見直しを迫られる。投資家心理にも悪影響を及ぼし、指定直後にアリババ株などは下落した。
中国側の反発と今後の展望
中国側は一様に反発している。アリババは「イメージを歪曲する行為に対し、あらゆる法的措置を取る」と声明。BYDも「事実的根拠が欠如」と強調した。中国政府はこれを「国家安全保障の名を借りた差別」と非難し、報復措置の可能性を示唆している。ただし、リスト指定が即時的な事業停止を意味しないため、短期的な打撃は限定的との見方もある。
しかし、長期的には影響は無視できない。米国防総省の調達排除だけでなく、他の省庁や同盟国への波及、ブランドイメージ低下、資金調達難などが懸念される。中国企業は米国市場からの撤退や、現地法人強化、代替市場開拓を加速させるだろう。一方、米国企業は中国依存を減らす「フレンドショアリング」を進め、技術自立を迫られる。
この一件の根底には、米中間の覇権争いがある。米国は中国の経済成長と技術進歩が軍事力強化に直結すると見て、全面的な封じ込め戦略を取っている。中国は「一帯一路」や「中国製造2025」を通じて技術覇権を目指すが、米国はこれを「ルールに基づく国際秩序」への挑戦とみなす。
アリババ指定は、単なる一企業の問題を超えて、グローバルサプライチェーン全体に影を落とす。AI、クラウド、EV、ロボットといった未来産業が軍事と密接に結びつく現代では、民間企業であっても「戦略的資産」と見なされる。
(中国経済新聞)
