「全面的な改革の深化」と「中国式現代化」を理論化し、「強国」路線を踏襲 中国共産党が 2024年7月15~18日に中央委員会第3回全体会議(3中全会)を開催し、『さらなる全面的な改革の深化、中国式現代化の推進に関する決定』(以下『決定』)を採択した。習近平政権が掲げるスローガン「全面的な改革の深化」と「中国式現代化」について理論構築を図った上で、「2035年までの社会主義現代化国家の基本的実現」と「21世紀中国における社会主義現代化強国の完成」を目指す「強国」路線の継続を確認した。
今回の3中全会は、中国経済の停滞感が強まる中で開催され、経済成長を促す政策が打ち出されるのかに注目が集まった。そこで、本稿では3中全会の決定事項を確認しつつ、経済見通しへの影響について考察する。
3中全会とは、5年に1度の党大会(直近は2022年10月)で選出された党中央委員会(委員約200名、候補委員約170名)の委員全員が集まって開催する第3回目の全体会議のことを指す。全体会議は少なくとも年 1 回開催することが党規約で定められており、通常、1 中全会で総書記などの党最高指導部を選出し、2中全会で国務院総理などの政府人事を内定するため、3 中全会は新たな政権にとって経済を含む中長期の政策路線を全面的に打ち出す最初の場となる。習近平政権 1 期目(2012年11月~2017年10月)の2013年11月に開かれた3中全会では、「市場に資源配分において決定的な役割を発揮させる」という市場原理重視の方針が決定された。過去にさかのぼれば、1978年12月の3中全会では改革開放政策の導入が、1993年11月の3中全会では社会主義市場経済体制の導入が決定されており、歴史的な節目となる政策転換が行われたことで注目を浴びてきた。ただ、習近平政権下ではもはや前例が通用しなくなっている。3中全会はこれまで、党大会翌年の秋に開催されることが慣例となっていたが、今回は党大会翌年の2023年秋に開催されず、2024年7月まで延期された。習近平政権 2期目(2017年10月~2022年10月)の際も、2中全会で憲法改正(国家主席の任期制限撤廃)を話し合い、3中全会にて政府人事を内定する変則的な形をとったため、党大会翌年の秋に全体会議は開催されなかった(図表 1)。
決定内容に既存政策の転換を示唆するような記述は見られず
習近平政権は、「中国式現代化」を西側とは異なる独自の発展モデルと位置づけており、2022年10月に開催された第20回党大会において党規約に「中国式現代化をもって中華民族の偉大な復興を全面的に推進する」と書き込んだ。今回の『決定』は、党の指導を「全面的な改革の深化」と「中国式現代化」における「根本的な保証」と定義し、「党の全面的な指導を堅持する」よう求めている。また、現在の社会主義市場経済体制を「中国式現代化」の「重要な保障」と明記し、市場メカニズムを発揮させるとしつつも市場秩序の維持や「市場の失敗」の補完に力点を置く一方で、国家安全を「中国式現代化」の「長期発展の重要な基礎」と位置づけ、「質の高い発展と高水準の安全の良好な相互作用を実現」することも目指している。党の指導を基盤とした上で、経済発展と国家安全の両立をあらためて強調した形である。
『決定』は、総論も含め全15章60条2.2万字に及ぶ文書である。その「改革」項目は経済・社会から文化・環境、安全・国防に至るまで多岐にわたるものの、概ね習近平政権がこれまで掲げてきた主要な政策を踏襲・網羅している。逆に言えば、既存政策の転換を示唆するような記述は見られなかったということであり、政策の継続性は保持されたと評価することもできる。『決定』は文書に盛り込まれた約 300 項目の「改革任務」について、中華人民共和国の建国 80 周年に当たる 2029 年までにこれを完成させる方針を明記した。「改革任務」には抽象的な記述が少なくない上に、具体的な数値目標が課されているわけでもないが、「2035 年までの社会主義現代化国家の基本的実現」に向けて新たなマイルストーンを設けた形である。
経済政策では需要面より供給面に重点。「国進民退」が続く可能性高い
経済政策に関して『決定』が真っ先に挙げたのは、「“2つのいささかも揺るがず”を堅持および具体化する」ことであった。「2つのいささかも揺るがず(両个毫不動揺)」とは、中国経済にとって国有経済と民営経済いずれも重要であることを意味するスローガンであり、IT プラットフォーマーや学習塾サービスに対する規制強化が民営経済の萎縮を招いたことから、近年あらためて強調されるようになった。『決定』は、民営企業のために良好な市場環境を整えることを目的として『民営経済促進法』を制定する方針を明記している。ただ、法律の制定だけで民営企業の自信を回復することは難しく、政策の一貫性と各種措置の実効性が何よりも重要といえる。一方で、『決定』は同時に国有企業改革を掲げ、国有企業を「より強く、より良く、より大きくする」とのスローガンや、国有資本を国家安全、国家経済の重要領域、戦略的新興産業などに集中させる方針も明記している。このため、国有経済のプレゼンスが拡大する一方で民営経済が退潮する「国進民退」の傾向が続く可能性は高い。
習近平政権が掲げる経済の「質の高い発展」に関しては、供給サイドの構造改革と「新たな質の生産力」の発展を図る方針を明記した。「新たな質の生産力」とは、イノベーションが主導するハイテク・高効率な先進的生産モデルのことを意味しているが、『決定』では情報技術(IT)や人工知能(AI)、航空宇宙、新エネルギーといった戦略的新興産業を列挙し、その技術革新を強力に後押しする考えを示した。また、『決定』は実体経済とデジタル経済の融合のほか、サプライチェーンのレジリエンス・安全性向上を図る方針も明記している。後者は米中対立を受けたデリスキングを意識したものであり、具体的には集積回路やマザーマシン、医療設備、基本ソフト(OS)などの重点分野を発展させ、外国への依存を減らした「自主コントロール可能な」サプライチェーンの構築を目指すとしている。『決定』は、そのための人材育成策にも多大な紙幅を割いている。
このように、『決定』はさまざまな経済・産業政策を盛り込んでいるが、そのほとんどが供給サイドに働きかけるものであり、需要サイドを意識した政策は乏しい。習近平政権はそもそも国家主導の産業政策を重視し、資源を重点産業に傾斜配分する傾向が強い上に、米中対立を受けて製造業中心としたサプライチェーンの再強化に迫られていることが背景にあると考えられる。このため、先端製造業分野への投資は一段と加速する見込みであるが、消費主導型経済への構造転換は遅々として進まないことが予想される。税制改革で中央の財源を地方に一部移譲。一方で不動産税には言及せず 『決定』が明記した経済政策のうち、本節では具体策に言及した財政・税制改革を取り上げる。
『決定』は、中央政府の財源である消費税を地方政府に移管する方針を盛り込んだ。中国の消費税は奢侈品・嗜好品に課せられる税金(これに対し日本の消費税に相当するのは増値税)であり、2023 年時点で中央と地方を合計した一般公共予算(一般会計)収入の7%を占めている(図表 2)。移譲には、不動産不況や景気の減速、債務の増加を受けて地方政府の財政難が深刻になっていることから、地方独自の財源を拡充する狙いがある。ただ、『決定』は「着実に地方へ振り替える」とのみ明記しており、どの程度を移管するかは明らかにされていない。中央と地方の共通税として一定比率のみを地方に移管する可能性もある。改革の背景には、1994年に中央財政の強化を目的とした分税制改革が実施されて以降、地方政府における収入と支出の不均衡が続いていることがある。図表 3 は一般公共予算の収入と支出における中央政府と地方政府の比率を示したものであるが、収入が中央と地方でほぼ同じなのに対し、支出は地方が 9 割と圧倒的に大きいことが分かる。公共サービスや社会保障、中央からの委託事務などの負担が重くのしかかっているためで、不足分は中央から財政移転で埋め合わせているが、それだけでは経済振興やインフラ投資の予算を確保するのが難しい。独自財源の不足は地方政府が不動産に依存する一因となってきたが、不動産不況に伴う土地使用権売却収入の急減により、地方政府は財政支出の削減と新たな財源の確保に迫られていたのである。
ただ、たとえ消費税をすべて地方に移管しても、焼け石に水である。国際通貨基金(IMF)の推計で対 GDP 比 80%の広義債務を抱える地方財政にとって、同 1.3%の消費税収は利払いに相当する額でしかないからである。また、奢侈品・嗜好品の消費額が大きい裕福な地方がより多くの収入を確保し、財政の地方間格差がさらに広がるという問題も残る。
中国では、政府性基金(特別会計)の土地使用権売却収入に代わる財源として、日本の固定資産税に当たる不動産税の導入が長年議論されてきた。中国政府は 2021 年 10 月にその試験導入を決定したものの、新型コロナ感染拡大による景気減速を受けて 2022 年内は実施しないこととなり、その後は不動産不況の長期化もあって言及すらされなくなっている。今回の『決定』は「不動産税収制度を改善する」とのみ明記した。不動産税の導入は、地方財政の安定化につながるだけでなく、所得の再分配機能を強化するためにも不可欠といえるのだが、不動産価格の急落を招くリスクもあって慎重な意見がなお根強いとみられ、抜本的な改革の難しさがうかがい知れる。
3中全会を経ても中国経済の見通しは変わらず。緩やかな減速傾向が続く見込み 上述のとおり、習近平政権は従来の「強国」路線を継続する構えであり、『決定』に既存政策の転換を示唆するような記述も見られなかった。このため、3 中全会を経ても中国経済の見通しは変わらない。本節では、3 中全会が開幕した 7 月 15 日に発表された 4~6月期 GDP などの経済指標、および 7 月 25 日に発表された追加の財政措置を踏まえ、中国経済の現状と先行きをまとめておきたい。
足元の中国経済は、再び減速傾向が強まっている。中国の2024年4~6月期の実質GDP成長率は前年同期比+4.7%と、1~3 月期の同+5.3%から減速した。図表4の需要項目別寄与度から明らかなように、投資が成長をけん引し、純輸出も押し上げに寄与したものの、消費が大きく足を引っ張った。ただ、1~6 月の累計では同+5.0%で着地しており、通年で中国政府が目標とする「+5.0%前後」の成長は達成できる見込みである。
中国国家統計局が GDP と同時に発表した 6 月の主要指標も、さえない動きが目立った(図表 5)。工業生産こそ同+5.3%と、好調な輸出を背景に堅調な推移をみせたものの、小売売上高は同+2.0%と前月(同 3.7%)から大幅に鈍化し、前月比で小幅なマイナス(▲0.12%)となった。小売は 4~6 月の累計前年比でみても同+2.6%と、1~3月(同+4.7%)からの減速基調が鮮明になっている。中国南部で広範囲に及んだ洪水被害の影響もあるが、家計が節約志向を一段と強めている様子がうかがえる。一方、6月の固定資産投資(みずほリサーチ&テクノロジーズによる累計前年比からの推計値)は同+3.6%と、前月(同+3.5%)からほぼ横ばいだった。内訳をみると、大規模設備更新への支援などで政府が関与を強める製造業部門が堅調さを維持(同+9.3%)しており、これとインフラ部門(同+10.2%)が不動産部門の不振(同▲10.1%)をカバーする構図は変わっていない。
中国政府は7月25日、内需創出の柱としている大型設備の更新と消費財の買い替えの促進策について、追加の財政支援措置を発表した。新エネルギー車への買い替え補助金をこれまで 1万元から2万元に引き上げるなどの措置を盛り込んでおり、低迷する消費を喚起するために需要サイドへの追加支援を打ち出した点は評価できる。しかし、その財源には3月の全国人民代表大会(全人代)が発行を承認した超長期特別国債1兆元から約3,000億元(うち買い替え促進に約1,500 億元)を充てるとしており、もともと製造業やインフラへの投資に向かうとみられていた資金が消費刺激策に回るだけとなるため、投資と消費が相殺されて見通しへの影響はニュートラルとなる。
みずほリサーチ&テクノロジーズでは、2024 年通年の実質 GDP 成長率は+4.8%、2025年は+4.4%と見込んでいる。2024 年下半期は、輸出ドライブの効果が徐々に剥落していくのに加え、政府の対策にもかかわらず消費と不動産の低迷が続くものの、財政出動の加10速によって投資が景気を下支えする見通しである。2025 年も、消費の弱さと不動産の不振が続く一方で、投資が下支え役となる構図は変わらない。人口減少や国内統治の強化、米中対立といった構造的な下押し圧力も加わって、経済の減速傾向が続くとみている。
[参考文献]
1.みずほリサーチ&テクノロジーズ(2024)「2024・2025 年度 内外経済見通し ~二極
化と格差を抱えた強弱入り混じる成長パス~」(7月2日)
2. 鎌田晃輔(2024)「輸出ドライブが支える中国経済 ~早期に解消することはないが、次
第に減衰する予想~」みずほインサイト(7月11日)
3. 月岡直樹(2024a)「中国経済は好調ながら先行き不透明感も ~内需創出策の効果が今
後の景気動向を左右~」Mizuho RT EXPRESS(4月18日)
4. 月岡直樹(2024b)「政策に翻弄される中国の民営経済 ~中国経済を左右する民営企業
の活力~」みずほインサイト(1月30日)
5. 月岡直樹(2022)「「強国」路線を継続する中国~3 期目を始動させた習近平指導部が
直面する課題~」みずほインサイト(11月2日)
(文: 月岡直樹)
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【筆者】 月岡直樹
みずほリサーチ&テクノロジーズ、調査部アジア調査チーム主任エコノミスト