56歳の清掃員が描いた絵が話題に 孤独な心を幸せにするとは

2022/08/21 10:00

私の孤独には空の青ささえ入っている。

それは、とても壮大で、多くのものを包み込むことができる。

北京のオフィスビルで清掃員をしている王柳雲(ワン・リューユン)さん(56歳)は、15階と17階のオフィスやトイレなどの清掃を毎日担当しており、仕事は通常、朝7時から始まり、16時30分の例会に出席、19時に帰宅するという生活を送っている。

また、彼女には、「陋室の画家」という、もう一つの顔がある。

15階の女子トイレの横にある倉庫で、記者は彼女の絵の一部を見た。中央には「釣魚島の春」という絵が置かれており、その他、壁一面にぎっしりと並ぶ作品には、畑や田園風景、猫やアヒルなどの小動物が描かれ、開放的で活気に満ちていた。

記者が顔を上げると、3平方メートル足らずの空間に数着のワンピースがゆらゆらと揺れている。それが北京での彼女の仮の「住まい」だ。

以下、王さんによる自身の経歴の紹介

恋愛も結婚もお金も家も家族も、私は何一つ持たずに生きてきたのだから、きっと私は人とは思われないだろう、だから私は私なりに一日一日を大切に生きていこうと思う。

子供の頃は病弱で、誰も遊んでくれなかった。草むらに寝転んで、草の葉の一本一本、石の一つ一つ、露の一滴一滴を丹念に見ていた。草の葉から種をはがし、小さな虫が中を這うのを見たり、山に入っては、目の前にある岩を見て、この岩が扉を開けてくれるのではないか、中に神様が住んでいるのではないかと夢見ていた。

母は短気で、父は生まれつきの障害者だった。高校は進学校に入学したが、半年ほど通ったところで、母から「家には、もう僅かしかお金が残っていない」と言われた。高校は中退することになったが、それでも自分のために本を読むことだけは止めなかった。

10代のころはソ連の小説を読んでいた。あの一天にわかにかき曇る中を流れるヴォルガの深く暗い水、そしてその土地の身を切るような寒さと貧しさ、そして、その地で生きる人々の悲哀、それらすべてを私は記憶している。なぜなら、こうした描写と自分の人生との間に何か相通ずるものがあったからだ。

30歳を過ぎた頃から、唐詩や宋詞を読むようになった。最初は全く理解できなかったが、一文字ずつ拾っていき、少しずつ理解できるようになっていった。

田舎での生活は、働きながら子育てをすることに他ならず、また、一つ屋根の下で暮らす夫婦は、ただの共同生活者に過ぎない・・・・・。

とても寂しい毎日で、生きる意味を見つけるため、本を読んでいた。こうした読書のおかげで、自分の身に起こったことについて、少し納得することができた。

その後、偶然にも絵に出会い、ふと「絵を描くともっと幸せに生きられる」と感じ、絵を学び、生活するために、夫の故郷である浙江省を離れ、福建省、広東省、河南省、そして最後に北京に辿り着き、自分のために、新しい物語を紡ぎ始めた。

2017年、福建省でロシアの雲のイメージをベースに絵を描いたことがあり、中には「絵がリアルだ」と気に入ってくれた人もいた。実は、これらの絵は、すべて私が今まで読んだ本を通して、私の心の中に長い間保存されていたもので、ふとした偶然をきっかけに、絵として形にすることができた。

ここ数年、私の絵は実際に一部の人に愛され、数十万元で売れ、家の頭金を払い、家族のために車を買うことができた。ただ夫は、私は前世で夫に借りがあり、現世で借りを返しているだけだと思っている。

2019年、絵描きの友人の紹介で河南省に行き、子どもたちに美術を教えることになった。河南省にいたとき、『清明上河図』を模写して、一人ずつ数えて合計361人を描いたことで、大きな達成感を得ることができ、今まで高校を中退したことが、ずっと心残りだったが、これでやっと胸のつかえが下りた。

私の孤独には空の青ささえ入っている。

それは、とても壮大で、多くのものを包み込むことができる。

幸運なことに、今の上司はとても親切で、私が絵を描くための特別なスペースを作ってくれた。

私にはお金も時間もないけれど、自然の中を自由に散歩するのが好きだ。ひとつひとつの風景を描きながら、心が足取りや思考に置き換わって、そこに辿り着く。すぐにまた階段を掃くことになるけれど、今この瞬間、私はあの空と畑と季節に辿り着く。将来は、チベットへ行って歩いてみたい。

彼女の絵と彼女が紡ぎ出す言葉には、孤独の中で生きる多くの人を包み込む温かさがある。

(中国経済新聞)