中国の若者の間で、公務員の人気が高まっている。かつては外資系企業で高収入を得たり、起業して成功したりすることが、多くの若者の夢だった。今は、給料が多少低くても、雇用が安定し、福利厚生が整い、定年まで安心して働ける職場を求める人が増えている。
中国では、公務員試験への合格を、競争の海から岸に上がることに例える。それほど公務員は安心できる職業と考えられている。しかし、その安定を支えてきた仕組みに、変化が生じ始めた。
2025年3月の政府活動報告には、公費で支える人員の規模を厳格に抑制する方針が盛り込まれた。行政の効率化に加え、財政上の制約が強まっていることが背景にある。収入が伸び悩むなか、公的部門の人員を従来のように増やし続けることが難しくなってきたのである。
その動きは地方ですでに始まっている。湖南省攸県では、地域の公立診療所に当たる8カ所の医療機関を統廃合し、正式な定員枠に含まれない職員のうち、医療技術職以外の280人以上を削減した。経営を立て直すため、人件費や施設の維持費を見直したのである。ただし、対象は主に非正規雇用に相当する職員であり、正式な公務員の大量解雇を意味するものではない。
一方、公務員を目指す若者は増え続けている。2026年度の国家公務員試験では、採用予定数が約3万8100人と前年度から減ったにもかかわらず、応募資格の審査を通過した人数は371万8000人に達した。単純計算では、採用枠一つを約98人が争うことになる。
1人の採用枠を100人が争う
政府が人員を抑えようとする一方で、若者は狭くなる門に殺到する。この現象は、公務員の待遇改善だけでは説明できない。民間企業の雇用や将来性への不安が強まるほど、公務員の安定性が魅力を増すからだ。公務員人気は、民間経済への期待を映す鏡でもある。
ここで注目したいのが、地方都市の消費を公的部門の所得が支える「公務員経済」である。県政府の所在地などでは、大きな民間企業が少なくても、商業施設やマンションが建ち、飲食店や自動車販売店が営業している。その需要を支えるのが、公務員、教員、公立病院の職員、国有企業の従業員、公共事業に関わる人々だ。国有企業の給与がすべて財政で賄われるわけではないが、行政や公的部門と結び付いた所得が、地域経済の重要な柱になっている。
このため、公的部門の給与や手当が抑えられれば、影響は職員の家計にとどまらない。外食や買い物、住宅購入が減り、地域の企業の売り上げにも波及する。地方財政の問題は、街全体の景気と密接につながっているのである。
その地方財政を支えてきたのが、土地使用権の譲渡収入だ。中国の地方政府は、国有地の使用権を不動産開発会社などに譲渡し、多額の収入を得てきた。しかし、不動産不況によって、この収入源が急速に細っている。
中国財政省の資料によると、土地使用権の譲渡収入は、2021年の約8兆7000億元から2024年には約4兆9000億元に減った。これは通常の税収とは別会計の収入だが、地方財政を支える重要な財源だった。その縮小は、公共投資や関連事業を通じて、幅広い分野に影響する。
AI技術の進歩も、採用のあり方を変える
収入が減っても、支出は簡単には減らせない。公務員や教員の給与、医療、社会保障などは、継続して財源を確保する必要がある。企業に例えれば、売り上げが落ちても固定費が高いまま残る状態だ。そのため、まず見直しの対象になりやすいのが、雇用保障の比較的弱い非正規職員や外部委託業務なのである。
技術の進歩も、採用のあり方を変える可能性がある。深圳市福田区では、AIを使った行政支援システムを導入し、文書作成や住民からの問い合わせへの対応などに活用している。行政には法的責任や説明義務があり、最終判断を人が担う必要は残る。それでも、定型業務を少人数で処理できれば、従来と同じ人数を新たに採用する必要性は薄れる。
もっとも、効率化によって生まれた余力を、住民サービスの充実に振り向ける選択もある。AIの導入がそのまま人員削減につながるとは限らないが、財政難と重なれば、採用抑制を後押しする要因になり得る。
日本の経験にも参考になる点がある。バブル崩壊後、日本の国や地方自治体は、定員管理や業務の民間委託を進めた。人口減少が進む地域では、限られた人員で公共サービスを維持することが課題となっている。
民間企業の賃上げが進み
一方、近年は民間企業の賃上げが進み、人材確保の面で公務員も競争にさらされている。2025年春の国家公務員総合職試験の申込者数は1万2028人と、前年から11・6%減少した。民間企業との待遇差だけが理由ではないが、公務員の魅力が他の就職先との比較で決まることは、中国にも通じる。
中国では民間企業への不安が公務員人気を押し上げ、日本では民間企業の待遇改善が人材獲得競争を強めている。公務員の安定性を考える際にも、民間経済の活力を切り離すことはできないのである。
中国の地方財政には、中央政府からの財政移転や債務の借り換えといった支援制度がある。公務員制度が突然立ち行かなくなると考えるのは適切ではない。ただ、採用を増やし、待遇を改善し、公的部門の所得で地域の消費を支え続ける仕組みには、修正が求められつつある。
中国には、失業の心配がない安定した職業を「鉄の茶碗」に例える言葉がある。しかし、その安定も、財政や経済の変化から無縁ではない。公務員を選べば将来の生活が必ず保障されるという期待は、見直される可能性がある。
公務員は社会を支える重要な仕事であり、今後も一定の安定性を持ち続けるだろう。だからこそ、志望する若者には、行政の仕事に何を求めるのかを考えることが大切になる。安定を望むのは自然なことだが、それだけで長い職業人生を見通せるとは限らない。
「公務員経済」の転換点とは、公務員という職業がなくなることではない。地方財政に支えられた所得と消費の仕組みが、従来どおりには維持できなくなるということだ。試験の人気が高まる今、その安定を支える経済基盤にも目を向ける必要がある。
(中国経済新聞)
