エンジン音が空気を裂き、タイヤが路面を擦って白い煙を上げる。9月26日、愛知県美浜町郊外のサーキットでは障害物を絡めたタイムアタックが続いていた。ゴムの焦げる匂いがピットに漂うなか、中日のタイヤ貿易と開発に長年携わる劉鉄安氏はこう語った。
「15年前、日本のサーキットで中国製タイヤを見ることはほとんどなかった。今はどこにでもある」
3年前、日本の販売店を中国の工場に案内したときの光景を、劉氏は今も鮮明に覚えている。ラインを一通り見た相手は言葉を失い、両手で親指を立てただけだった。「日本の同業を、製造水準で上回っているとは思っていなかったのだろう」
軽視から性能逆転まで、中国の競技用タイヤは15年をかけて、タイヤ産業の高地である日本に楔を打ち込んだ。
「最初は、競技用タイヤの基本構造すら分かっていなかった」と劉氏は振り返る。15年前、初めて日本のサーキットに足を踏み入れたとき、並んでいたのは日本ブランドと欧米ブランドばかりだった。市場に入るため、チームが選んだのは地道な方法だった。使い終えた日本製タイヤを回収し、断面を切ってスチールコードの密度、太さ、配列を測り、溶かして合成ゴム、天然ゴム、加硫剤の配合比まで調べた。
構造は徐々に再現できた。だが配合は完全には戻らない。初代テストタイヤの性能は、日本の同等品の5割程度にとどまった。日本のドライバーからの評価は「サイドウォールが柔らかすぎる」だった。
すぐに帰国して調整し、1週間後に第2世代を出した。性能は6割まで上がった。溝の深さや排水性についての要望を受けて金型を作り直し、第3世代で7割に達した。
日本の山添産業で競技用タイヤ事業を立ち上げた関邦由氏は9月28日、取材に対しこう述べた。「日本の競技用タイヤは40年、大きく変わっていない。中国製はグリップと摩耗という中核指標で、すでに日本の最高水準を超えている。価格は日本ブランドの6割を下回る」
決定的な突破口は、上位カテゴリーだった。3年前、退役したF1からF4までの旧型車を扱う日本企業が劉氏に相談を寄せた。大手は現役車両への供給を優先し、クラシックカーは「高いタイヤは買えない、安いタイヤは性能が足りない」という空白に置かれていた。劉氏は欧州でテストを終えていた中国企業を引き合わせ、富士スピードウェイでF4車両による時速240キロの走行試験を実施した。走り終えたドライバーは、そのまま親指を立てた。このタイヤはその後、退役クラシックカー向けの供給を担い、空白を埋めた。

写真:中日のタイヤ貿易と開発に長年携わる劉鉄安氏
日本の媒体『週刊アスキー』が2020年7月に掲載した展望記事で、レース評論家の鈴木学氏は、日本のプロドリフトシリーズであるD1グランプリのタイヤの大半が中国製であり、2年連続チャンピオンの車両も中国製を履いていたと指摘した。対抗できる日本ブランドは、東洋タイヤ1社だけだという見立てだった。
今年4月27日、業界紙『日刊自動車新聞』は、東洋タイヤがD1グランプリのワークス活動を2026年シーズン限りで終了すると報じた。同社は2007年から参戦し、シリーズ優勝6回の実績を持つ。公式には「集大成」と位置づけ、培った経験を今後の事業に生かすとしている。
D1のワールドクラスドライバー、龍沢翼氏は9月28日の電話取材でこう語った。「今のD1は7割以上が中国製タイヤだ。同等性能の日本製の半額で済む」
技術だけでは足りない。商流の組み替えも効いた。従来は日本の貿易商、中国の販売店、工場、開発部門と層が厚く、価格は上がり、反応は遅かった。劉氏のチームは末端の顧客と直接結び、工場見学に連れて行き、取引先は顧客自身に選ばせ、品質は一貫して追った。
日本市場は少量多品種の需要が厚い。一方、工場の最低ロットはコンテナ1本、約800本が普通で、小規模店は手が出せない。劉氏らは10社分の小口をまとめ、1本のコンテナに仕立てた。個別仕様を残したまま、工場が受注できる規模にした。
もう一つの工夫が、夏のスキー場だ。8月、ゲレンデは空き、手を加えなくてもドリフトの練習場になる。劉氏らは遊休施設を安く借り、ドライバーとスポンサーを呼ぶ。会場費はスポンサーで賄い、利益の柱はタイヤ販売に置いた。
スポンサー料は1社2000元(約4万8000円)程度。60社集まれば約288万円になり、会場費をカバーできる計算だ。車体とスーツに広告を入れ、大会は配信する。規則の核心は一つだけだ。主催者指定のタイヤを使うこと。自前のタイヤで走るなら1日の会場費は4万円。指定タイヤなら会場費は無料になる。
「1日に300本ほど売れる。1週間でコンテナ2〜3本になる」と劉氏は計算を示す。ドライバーは費用を抑え、主催側は販売で回収する。
舞台を支えたのは口コミだった。26歳のドライバー、狄巧氏は行政書士として事務所に勤め、空き時間に山間のコースでテストを重ねる。中国製を初めて買うとき、期待は大きくなかった。4本を注文すると翌日に届き、翌々日の午前1時、人のいない山で走行を始めた。午前5時、劉氏にメッセージが届いた。「8年以上走ってきたが、これほど扱いやすいタイヤは初めてだ。中国製がこの品質とは思わなかった」
さらに8本を追加し、4本を自身の車に装着した。長野から四国まで高速道路を往復1400キロ、一般道を約300キロ、山道を400キロ走った。評価は「頑丈で、山道もサーキットも高速も使える。騒音も小さい。日本製の性能を完全に上回る」だった。価格は1本1万2000円。以前使っていた日本製の4割だ。欠点を聞かれ、狄氏は「日本でいちばん良いタイヤと比べても、欠点は見つからない」と答えた。その後、友人を紹介し、在庫が切れると追加を急がせた。
劉氏は、日本の整備工場の顧客は何十年もかけて積み上がった関係だと認める。突然ブランドを替えれば納得は得にくい。だからこそ競技が信頼の最短路になる。「データを全部見せて、初めて認めてもらえる」
今年9月、日本で最後までカート用タイヤを作っていたダンロップが、この市場からの撤退を表明した。横浜ゴム、ブリヂストンなど大手は、すでにカート事業を手放していた。「成長が遅く、利益が薄い。しかも中国製の性能が上回ったと判断した」と劉氏は見る。
日本企業が退くのと同時に、トヨタ自動車は10月、アジアでのカート生産拠点プロジェクトを始動すると発表した。トヨタブランドのカートを世界に広げる計画だが、タイヤを供給できる日本企業は残っていない。「今、この市場を受けられるのは中国企業だけだ」と劉氏は言う。同氏が扱う中国製カートタイヤは、幸田のサーキットでテストを終え、トヨタの競技プラットフォームを足がかりにアジア、さらに世界へ広げる余地があるとみる。
劉氏は、日本市場の性能要求は厳しいと強調する。ここで立てば、世界へ出る通行手形になる。次は欧米のドライバーを日本の大会に招き、同じ舞台で欧米市場を開く計画だ。
(中国経済新聞)
