とある新年のコンサートで想ったこと

2025/01/27 18:30

 軽快なジャズのリズムに自然と体がスウィングし始めた後は、壮大なクラシックの世界に魅了され、そして最後にポップなアニメソングに思わず心躍らせた。会場にいた他の聴衆もきっと同じような時間を共有したに違いない。

 上海ブラスバンドによる第三十七回定期公演会がこの一月十二日に音楽の名門、上海音楽学院の賀緑汀音楽庁で開催された。当楽団は二〇〇四年にわずか四名でスタートしながらも、二十年経った今では十代から六十代までの八十名を超える団員を抱えるまでになった。二〇〇五年六月から始まった冬と夏の定期公演以外にも、上海の日本人学校や幼稚園での特別演奏、現地の学校での依頼演奏、そして二〇一八年十二月、常州市での日中平和友好条約締結四十周年記念演奏会など、幅広く活動し続けているエネルギッシュな楽団である。

 実は、妻から定期演奏会のことを知り、本格的なジャズ演奏もあるそうだと聞いた時、私の耳の奥では以前生演奏で聴いた和平飯店の「オールドジャズバンド」のペーソスとユーモア漂うユニークな音色が響いていた。だが、いざビッグバンドの生演奏が始まった瞬間、その耳奥の音はどこかに吹っ飛んでしまった。演奏は実に軽快で絶妙な音を紡ぎながらも、身体の奥から揺さぶられるほどの迫力のある重厚なリズム感に溢れていた。期待と予想をはるかに超えるその演奏に思わず聴き入り感動すら覚えるほどであった。

言うまでもなく楽団員は皆、プロではなく上海(周辺)で暮らす日本人のアマチュア音楽愛好家だ。忙しく会社の業務に勤しみ、学校の勉強に励み、日々子育てや家事に追われる方々である。だが、毎週土日の午後での合同練習に加え、個々人が日々の努力を積み重ねることで、そのレベルは高く、見事なハーモニーを奏でる団結力の強い楽団という印象を受けた。

そしてこのコンサートの特徴はもう一つある。それは日中双方の聴衆にしっかりと丁寧に対応している点だ。メインステージ上には演奏曲名が中国語でも表示され、司会の女性は演目の説明を日本語と中国語の両方で説明してくれる。中国の曲が演奏されたのは言うまでもない。ジャズとクラシックは大人向けだったが、最後の日本のゲーム・アニメソングには会場に連れて来られた多くの子供たちや、子供時代を思い出したであろう若い世代には好評だったようだ。何より、中国の幼い子供たちがこうした機会を通じて日本の音楽や日本の人々に直に触れ合うことで日中の文化交流に関わってくれることは何よりも喜ばしい。驚くべきはこの規模のコンサートにしては珍しく完全無料制であることだ。同じような団体に一九九五年に結成された上海在住の日本人混声合唱団の上海コールプラタナスもある。これら有志者らによる息の長い草の根的な音楽活動が日中文化交流に大いに寄与してきたことは誰の目にも明らかであろう。

ところで、メトロポリス上海は音楽の街でもある。市内には大規模なコンサートホールがいくつかある。世界第一級のオーケストラが毎月のように演奏する上海東方芸術中心、クラシック音楽の殿堂、上海音楽庁、磯崎新の設計による上海交響楽団音楽庁、巨大なオペラ歌劇ホールの上海歌劇院、そして今回の会場となった賀緑汀音楽庁である。これら主要な音楽ホール以外にも多目的芸術劇場は人民広場にある上海大劇院を初め、二十を超えるとされる。

また音楽や舞台芸術の愛好者も多い。上海市統計局二〇二三年版では、「芸術演劇場(艺术表演场馆)」は一九九九年の四十四から二〇二三年には百一へ、「芸術団体(艺术表演团体)」は同じく二十九から二八二へ激増しているという。市内の公園では毎日のように合唱や舞踏の練習をする市民の姿を見かける。公園のベンチに座ってトランペットやトロンボーンなどを巧みに演奏するご老人の姿は日常の風景である。

以前、私が書いた天使知音サロンによる知的障害児による慈善コンサートでは「健常者と障害者」との交流による融和と多様性に満ちた社会への期待を抱いた。そして今回の上海ブラスバンドによるコンサートでは、音楽という世界の共通言語を通じた日中両国の人々の交流の可能性を実感できた。

いかなる状況であれ、音楽は人々の心の隔たりを越えて、心の絆を紡いでくれる存在だ。巳年の今年、そんな音楽の街、上海で世界各地から来てこの街で暮らす人々が音楽を通じていっそう交流を重ね、多くの絆を紡いでいってほしいものだ。 私もこの一年、そうした願いを込めて、このコラムを執筆してまいります。読者の皆様にとって今年が素晴らしい一年となりますよう心より願っております。

(文・ 松村浩二)

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【筆者】松村浩二、福岡県出身、大阪大学大学院で思想史を学ぶ。上海在住24年目を迎える日本人お婿さん。

(中国経済新聞)