千問、30億元を投じて展開――史上最大規模の“草船借箭”キャンペーン

2026/02/19 13:00

2026年の春節、AI業界の競争は決定的な転換点を迎えた。アリババグループ(Alibaba Group)、テンセント(Tencent)、バイトダンス(ByteDance)の主力アプリが“三国志”さながらの激しい競争を繰り広げ、焦点は「AIの入口を誰が握るのか」という一点に絞られた。

バイトダンスの「豆包」は春節特番での露出を追い風に現金配布キャンペーンを展開し、テンセントの「元宝」は微信(WeChat)の「お年玉機能」の成功体験を再現しようと試みた。一方、アリババ傘下の「千問(Qwen)」は異なる戦略を打ち出し、30億元規模の補助金を投じた「免単カード」(支払い無料クーポン)キャンペーンを開始した。

一見すると一般的な販促策に見えるが、その実態は数億人規模を巻き込んだ“現代版・草船借箭”とも言える大規模な商業実験だった。

01 「借りる」発想――免単カードの戦略構図

「草船借箭」は、霧に紛れて敵の矢を“借りる”ことで最小のコストで最大の成果を得た逸話として知られる。千問の免単カードもまた、補助金を“おとり”に、アリババのエコシステムを“船”に見立て、市場の注目と消費意欲を一気に引き寄せた。

30億元という巨額の補助金は確かにインパクトが大きい。しかし本質は資金の消費そのものではない。「0.01元でミルクティー」「一言で注文すれば25元割引」といった非常に低い参加ハードルを設定し、ユーザーに“損をしない体験”を提示した点にある。

公式データによれば、キャンペーン開始からわずか9時間でAI経由の注文は1,000万件を突破。6日間でAIとの累計対話回数は40億回を超え、AIによる注文は1.2億件に達した。1日当たりの利用者数は7,300万人まで急増している。

1枚25元の免単カードをきっかけに、数千万規模の新規ユーザーと大量の行動データを獲得し、同時に「AIで買い物をする」という新しい利用習慣を育てたのである。

02 アリババ型“グループ戦略”の強み

千問の最大の強みは、単独のアプリではなく、アリババの巨大な事業基盤と連動できる点にある。免単カードは単なる割引券ではなく、淘宝(Taobao)、盒马(Hema)、饿了么(Ele.me)、大麦(Damai)、飛猪(Fliggy)など主要サービスと横断的に連携する“流通ハブ”として機能した。

全国30万店を超える実店舗と連動し、AIでの対話がそのまま実際の消費行動へと直結する仕組みを構築。春節という季節要因と、「新規ユーザーを招待すると双方に免単カードを付与」という仕組みが相乗効果を生み、新規ユーザーは5,100万人を超え、その6割が友人紹介によるものだった。

これは単なる広告ではなく、エコシステム全体を巻き込む“総力戦”だったと言える。

03 多方面に広がった波及効果

利用者側では、キャンペーン期間中、注文の約半数は県級都市や地方都市から発生した。60歳以上の利用者156万人以上が初めてAIでフードデリバリーを利用し、「一言で注文できる」利便性を体験した。

AIは専門的な技術から、日常生活に溶け込むツールへと一歩近づいた。

事業者側では、全国各地のミルクティー店では注文が集中し、重慶や武漢の一部店舗では1,400杯以上が滞留する事態も発生した。履行面での負担はあったものの、春節の繁忙期に売上を大きく伸ばす結果となった。特に中小店舗にとっては、実質的に費用をかけずに集客できる機会となった。

アリババ全体では、利用者は平均3回以上注文し、AI経由での利用が徐々に習慣化している。千問はAIから各事業へと利用を誘導する“触媒”となり、グループ全体の活性化を後押しした。

04 残された課題――「借りた矢」をどう活かすか

一方で、急激な利用拡大に伴う課題も明らかになった。ピーク時には毎秒80万件のリクエストが発生し、システムは一時的に処理能力の限界を超えた。技術チームは72時間でサーバー規模を約5倍に拡張し安定化を図ったが、初期段階での不具合は利用体験に影響を与えた。

さらに、補助金によって集まった利用者は短期的な利用にとどまる可能性もある。補助終了後にどれだけ利用を定着させられるかが、今後の最大の課題となる。

05 結び

千問の免単カード施策は、現代における“草船借箭”とも言える象徴的な事例となった。

30億元の投入によって動いた市場価値は、その何倍にも広がった。AIは研究段階の技術から日常生活のインフラへと一歩踏み出し、競争の軸は「技術性能」から「利用習慣の確立」へと移りつつある。

AIの入口を制する者が次の時代を制する。その競争は、すでに本格化している。

(中国経済新聞)