「『首脳会談に失敗なし』という。共同声明で『日米関係の新たな黄金時代』をうたった石破茂首相とトランプ米大統領の初顔合わせも例に漏れず『成功』との受け止めが多い。だが、輝いてみえるのは表面だけ、と疑う冷めた目も必要だ」
各メディア、識者が「成功」と謳い上げる論調一色となったなかで数少なく冷徹な短評の筆を執った経済紙の「政策報道ユニット長」がいた。言うまでもなく先般の日米首脳会談についてである。
「そもそも『成功』は『期待値の低さ』の裏返しでもある」という指摘は鋭く本質を言い当てている。安全保障分野で「日本を100%守るという言質を取った意義は大きい」とする米戦略国際問題研究所のニコラス・セーチェーニ上級研究員の評価を引きながら「現状の追認にすぎない」と一刀両断。とりわけ「経済政策の面から進展によく目を凝らす必要があるのは(1)USスチール買収(2)関税(3)1兆ドル投資―の3つの論点だろう。なかでも『買収ではない投資』(首相)をめぐるUSスチールの問題は予断を許さない」と警鐘を鳴らした。さらに、「『相互的関税』もくせ者だ。各国が米国製品に課しているのと同水準の関税を新たに掛けることが柱となる。日本も高関税の農業分野を中心に難しい国内調整を迫られる。『対米投資1兆ドル』も今後の火種となる」と核心を端的に突いた。短評の見出しは、紙面では「金メッキ時代の始まりか」(日経2月9日朝刊)となっていたが、それに先立つWebへの出稿時は「日米黄金時代は金メッキか」であった。そして短評は「『金メッキ』がいつはがれるかはわからない」と結ばれていた。その後の事態の推移を見るまでもなく、まさに「寸鉄人を刺す」の謂いというべきである。
「あと証文」で言うのではなく、日米両首脳の共同会見を見ながら随所でため息をついたものだ。「USスチール問題」について言えば、ある時は「基本的に企業と企業の問題だ」、すなわち政治が介入すべきではないという含意の下で語りながら、トランプ氏との会談においては政治の介入そのものと言うべき発言を諾とする石破氏の矛盾を突いた記者はいなかった。経済以上に度し難く思ったのは安全保障に関わってである。「日米安全保障条約第5条が尖閣諸島に適用されることをあらためて確認した」ことを成果として挙げることにはじまり、「日米共同声明」において、「自由で開かれたインド太平洋を堅持するとともに、暴力の続く混乱した世界に平和と繁栄をもたらす、日米関係の新たな黄金時代を追求する決意を確認した」として「一層厳しく複雑な安全保障環境に対処すべく自衛隊及び米軍のそれぞれの指揮・統制枠組みの向上、日本の南西諸島における2国間のプレゼンスの向上、より実践的な訓練及び演習を通じた即応性の向上、拡大抑止の更なる強化並びに同盟のサプライチェーン及び海洋を含む日米の防衛産業力を強化する共同生産、共同開発及び共同維持整備を含む防衛装備・技術協力の推進によるものを含む防衛・安全保障協力の向上を通じ、日米同盟の抑止力・対処力を更に強化していく意図を有することを確認した」さらに、「中国による東シナ海における力または威圧によるあらゆる現状変更の試みへの強い反対の意を改めて表明した。両首脳は南シナ海における中国による不法な海洋権益に関する主張、埋立地形の軍事化及び威嚇的で挑発的な活動に対する強い反対を改めて確認した」と、中国を最大の脅威、抑止の対象とする思考をこえる新たな発想はどこにも見えなかった。それどころか台湾海峡に関しては、従来からの「台湾海峡の平和と安定の重要性」に加えて、新たに「力または威圧によるあらゆる一方的な現状変更の試みに反対」と踏み込んだ。「日米首脳が出した共同声明でこの表記をしたのは初めて」というのである。これが「日米関係の新たな黄金時代を追求する」ものだとするならあまりに貧相に過ぎると言うべきである。
その貧相の極みは「トランプ氏に認めてもらう」という「おもねり」の姿勢、「従僕」に甘んじる心象にある。随所に発せられた石破氏に対するトランプ氏の「高み」からの「もの言い」、すなわち、「素晴らしい首相になる」「良い仕事をするだろう」と「お褒め」に与ることが日本及び日本人にとってそれほど「喜ばしい」ことなのか。さらに、会談後の共同記者会見で、米国が日本に追加関税を課した場合報復措置に踏み切るかとの質問に「仮定の質問にはお答えしかねるというのが日本の定番の国会答弁だ」と答えて記者たちの「笑いを誘った」と日本のメディアは石破氏を大いに持ち上げて伝えたが、トランプ氏はここでも「とても良い答えだ。素晴らしい。彼は要領をつかんでいる」とまるで主人が召使を評するが如く述べてお開きとなった。ワーキングランチも含め2時間に及ぶ会談で俎上に上ったはずの「関税問題」について、一国のリーダーとして世界に向けて定見を述べることを回避したことがそれほど称えられることなのか、言わずもがなである。ニューヨークタイムズは見出しに「Art of Flattery in Wooing Trump」と掲げた。「トランプに懇願するお世辞の術」というのである。
11月の本稿で「官邸周辺からは、安倍氏がトランプ氏と会った際に『絶妙』な通訳ぶりでトランプ氏からも『気に入られた』通訳を『呼び戻せ』という話があると伝わってきた。『呼び戻せ』ということがどういう意味なのかも含め真偽のほどはわからない。しかしそうであるとしたら、その『通訳』、高尾直氏の外務省における現在のポストを調べてみると、北米局『日米地位協定室長』というのは、偶然とはいえ、実に皮肉と言わざるをえない」と書いた。まさしくその高尾氏を石破氏は通訳として帯同した。日ごろ「日米地位協定の見直し」を語る石破氏はどのような心境であったのか。これもまたひたすら忍従を旨とするということだったのか。
日中経済協会と経団連、日本商工会議所の訪中団が17日、中国の経済政策を担う国家発展改革委員会との会合に臨んだ。「発改委」の趙辰昕副主任は先の日米首脳会談に言及し「日本側が中国側とともに初心を忘れず、妨害を排除し、共通認識を集約することを期待している」と語った。経済界の訪中に際して経済メディアは「日本の貿易総額に占める対中国の割合は20%と高い水準が続くが、中国の日本への依存度は5%に下がった。2国の経済関係は過去と大きく異なる。新たな『互恵』関係の構築は難易度が高い」と指摘した。さらに、石破首相が1月の施政方針演説で「戦略的互恵関係の包括的推進という大きな方向性に基づき、首脳間を含むあらゆるレベルで中国との意思疎通を図る」と述べたことを引いて「今回の財界訪中には石破首相が言及する早期訪中に向けた機運醸成の意味がある」とも書いた(日経2月17日)。
官邸周辺からは「早い時期の訪中」を探る石破氏の動向が伝わってくる。中国は原則の国である。立場は異なれ、中国との外交には信というものがなければならない。「信」は「真」であり「心」でもあり、さらに「芯」でもある。「金メッキ」はすでに剥げた。石破首相が真に問われるのはこれからである。(文・木村知義)
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【筆者】木村知義(きむら ともよし)、1948年生。1970年NHK入社。アナウンサーとして主に報道、情報番組を担当。1999年から2008年3月まで「ラジオあさいちばん」(ラジオ第一放送)のアンカーを務める。同時にアジアをテーマにした特集番組の企画、制作に取り組む。退社後は個人研究所「21世紀社会動態研究所」で「北東アジア動態研究会」を主宰。