【特集:チャイナ・モビリティ第6回】「中国自動車の知能化時代」で岐路に立つ日本車メーカー

2025/03/6 07:30

はじめに

トヨタは2025年2月5日、中国・上海で電気自動車(EV)の新工場を建設し、2027年に高級車ブランド「レクサス」を生産すると発表した。年間生産能力は当面10万台程度とし、段階的に拡大し車載電池も生産する予定である。中国市場で日本車苦戦が続く中、トヨタは開発や生産体制を整え、技術面でも世界をリードしている中国の電動車サプライチェーンを活用し、現地市場ニーズに合った車の開発を通じて、商品力の向上を図ろうとしている。今後、米テスラ同様に単独資本で運営するレクサスは、高級EV市場での足場を固めれば、日本車にとって、新たな展開になりそうだ。一方、電動化が進む中国の新車市場では、日系自動車社が揃って知能化技術を備えるEVの開発や発表を進めている。内燃機関車(ガソリンエンジン車)と電動車の二刀流戦略をいかにバランス良く両立させるか、日本勢の中国戦略において極めて重要な1年になる。

日本車シェアは2020年の半分の11%に

アフターコロナの中国では、不動産市場の低迷や国内需要の不振が新車販売の足枷となっている。消費者の節約志向が続く中、中国政府は EV やプラグインハイブリッド(PHV)を中心とする新エネルギー車や排気量 2,000 ㏄以下の内燃機関車向け買い替え補助金を実施し、消費喚起を図ってきた。これにより2024年の中国国内乗用車販売台数は、3.1%増の2260.1万台に達した。

一方、日本車はBYDを筆頭とする中国勢のPHVの攻勢を受け、日産「シルフィ」、トヨタ「カローラ」「 カムリ」、 ホンダ「アコード」「 CR−V」など日系ロングセラーの販売台数には急ブレーキがかかっている。中国の乗用車市場における日本車のシェアは、2020年の23.1%から 2024 年の11.2%へと急落した。2024年の日系4社の中国販売台数をみると、それぞれの状況が際立っている。まず、ホンダは30.9%減の85.2万台となり、2020年のピーク時と比べて 48%も減少している。これは、中国勢が仕掛ける値下げ競争に慎重な姿勢を続けた結果、在庫が積み上がっていることが要因である。

次に、日産の販売台数は12.2%減の69.6万台となり、2018年のピーク時と比べて55%減少し、6年連続で前年割れとなった。この背景には、有力車種が少ないことや廉価帯の中国専用ブランド「ヴェヌーシア」の低迷が影響しており、そのため販売台数の底入れは見えない状況だ。

さらに、マツダの販売台数は3.8%減の8.2万台となり、2017年のピーク時の4分1程度に縮小した。これは、初期の主力モデルに過大依存しており、ラインナップも少ないため、厳しい競争にさらされているためである。

ところが、中国勢の価格破壊を受け、主力セダンの販売台数が減少したトヨタは、最新のハイブリッド車(HV)システムの「第5世代THS(トヨタ・ハイブリッド・システム)」を搭載した小型クロスオーバーSUV(多目的スポーツ車)の「カローラ クロス」および姉妹車の「フロントランダー」を投入し、価格を10万元を切る水準まで値下げすることで、セダン販売の減少分を埋めている。その結果、2024年の販売台数は、6.9%減の177.6万台となり、ピーク時の2021年と比べて9%減にとどまり、日系他社と比較すると落ち込み幅は小さいと言える。

加えて、日系企業同士の競争も激しい。中国に投入する車種数(2024 年末時点)を見ると、ホンダが24車種、トヨタが19車種と、両社ともフルラインナップ戦略を取っている。対照的に、日産は7車種、マツダは5車種となり、両社ともに車種数を絞っている展開だ。また、2024年に出荷台数5万台超の車種では、トヨタが13車種であるのに対し、ホンダと日産はそれぞれ4車種、3車種に過ぎず、内燃機関車の残存者利益を獲得しがたい状況だ。今後、トヨタが値引き攻勢で販売台数を維持していくと、それが日系同士の新車販売に影響を与えるだろう。稼働率の低迷が深刻化している中、日本勢のリストラ対策は避けられず、経営規模も縮小せざるを得ない。

日系自動車メーカーは長年、燃費とコストパフォーマンスの良いエンジン車を中心に中国ビジネスを行ってきた。しかし、中国ではEVシフトが急速に進み、日系各社は苦戦を強いられている。徐々に EV ラインナップを増やしてはいるものの、特にコロナ禍以降、販売は振るわない。

一方、中国では動力源や航続距離だけではく、運転支援機能もクルマ選びの重要な要素になっており、こうしたシステムの充実度や使い勝手の良さは極めて重要である。電動化と相まって加速しているSDV(Software Defined Vehicle=ソフトウェア定義車両)が、新たな乗車体験を生み出し、クルマの知能化とともに市場の風向きを変えつつある。そこで日系各社は、中国企業との協業に活路を見出し、中国で高まる知能化ニーズを取り込もうとする姿勢を示している。例えば、トヨタと日産は、自動運転用ソフトウェアを手掛ける中国新興のMomentaと共同開発したシステムを採用しており、また、マツダは合弁相手の長安汽車のプラットフォームと技術を活用している。さらに、ホンダは自社開発するシステムに、ファーウェイのディスプレイを導入している。

日系の知能化シフトの課題

中国勢の電動車に後れを取った日系各社だが、これから登場するクルマには大いに期待できる一方で、新車開発のスピードアップや提携先モデルとの差別化などの課題も浮かび上がる。例えば、これまでの内燃機関車では、開発期間「3年以上」というのが一般的だった。しかし、中国新興勢のSDVは、ソフトウェアや制御ユニットのアジャイル開発を行い、従来の業界の常識を一変させている。対して、EV 部品の開発が求められる日系サプライヤーは、中国市場のスピード感を感じてはいるものの、開発リソースが不足するため、迅速な対応ができていない状況である。

このように、中国企業はリスクを取りながら素早く製品を市場に投入し、フィードバックと改善を繰り返しながら、技術や製品の進化を進めてきた。日本勢はハードウェアとソフトウェアを分けて開発できるプラットフォームに力を入れ、開発期間の短縮を図る必要がある。

日系自動車メーカーは提携先のプラットフォームを活用し、開発期間とコストダウンを実現している一方で、同じプラットフォームを使う中国ブランド車と競合することにもなる。長安汽車の「EPA1」プラットフォームで開発されたマツダEZ-6 は、長安汽車「深藍SL03」の兄弟車であり、広汽 AION のプラットフォームで開発されたトヨタ「鉑智 3X(bZ3X)」は、広汽「AION V」の兄弟車である。一汽トヨタやBYDトヨタなど、トヨタの中国合弁企業とトヨタ知能電動車研究開発センターが共同開発した「bZ3C」は、BYDのEV「宋L」と競合する可能性もある。これは今後、中国ブランドの兄弟車が値下げすると、日系EVの販売に影響を与えると予測される。また、BYDは2025年2月10日、7万元の低価格車を含む 21 車種に自社開発した自動運転システム「天神之眼」を導入すると発表した。機能を追加しても費用を上げない戦略により、SDV市場で価格競争の口火を切った。

中国の新車市場では、消費志向や車両技術の変化により、自動車メーカーの淘汰も加速している。メーカーの値下げを受け、価格競争が当面続き、消耗戦に耐えられないメーカーは敗走する。現地で勝機を見出すため、日本自動車メーカーに求められることは、優位性を持つHVのコストダウンを通じて、内燃機関車で残存者利益を得ながら、次世代自動車での戦い方を迅速に分析・実行することであり、中国勢に遜色ないスマートコックピットや自動運転補助機能を持続的に投入できるノウハウを模索する必要がある。そのためには、現地への権限移譲や中国人トップの登用など、経営の現地化に取り組み、現地主導でのSDV 開発や、日系・中国系サプライヤーとの連携を通じて、中国市場のニーズを素早くとらえる設計・生産体制の構築を図るべきである。

(文:湯 進)

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みずほ銀行 ビジネスソリューション部 上席主任研究員

上海工程技術大学客員教授、中央大学兼任教員 湯 進 (jin.a.tan@mizuho-bk.co.jp)

みずほ銀行で自動車・エレクトロニクス産業を中心とした中国産業経済についての調査業務を経て、日中の自動車業界の知見を生かした両国での事業を支援する。著書「中国のCASE革命~2035 年のモビリティ未来図」(日本経済新聞出版)など多数。

出典:MIZUHO BUSINESS MONTHLY 2025年3月号 P1-4