中国・四川省の農村に、かつて一日働いても0・14元(約3・3円)しか稼げない青年がいた。20歳になるまで、まともな革靴を履いたこともなかったという。その青年が後に中国の富豪ランキングで首位に立ち、巨大な企業グループを築くとは、誰が想像しただろうか。新希望集団の創業者、劉永好氏である。
今年75歳になった劉氏は今、傘下企業の巨額の負債に向き合っている。
連結負債総額は約1兆9461億円に
「新希望」の2026年1~3月期決算によると、連結負債総額は824億6000万元(約1兆9461億円)、総資産に占める負債の割合は70・85%に達した。現金・預金が82億7400万元(約1953億円)であるのに対し、短期借入金は約137億元(約3233億円)。この四半期の最終損益は約8億9800万元(約212億円)の赤字だった。ただし、これは劉氏個人の借金ではなく、上場企業の連結負債であり、買掛金なども含む。すべてが借入金ではないが、財務の改善が重要な経営課題であることは確かだ。

事態の背景にあるのは、養豚事業への大規模投資である。2018年、中国でアフリカ豚熱が発生し、多数の豚が殺処分された。供給不足で価格が急騰し、採算の良い時期には一頭の出荷で2000元(約4万7200円)もの利益が得られることもあった。大手各社は一斉に生産能力の拡大へ動き、新希望も養豚場や設備への投資を加速させた。2020年の豚の出荷頭数は829万頭に達し、売上高は初めて1000億元(約2兆3600億円)を突破した。
ところが、2021年に状況は一変する。各社の増産によって供給が増え、価格が急落した。新希望は同年、95億9100万元(約2263億円)の最終赤字を計上した。養豚業は、価格が下がったからといって、すぐに生産を止められる事業ではない。施設の減価償却費や人件費、借入金の利払いは続く。好況時には利益を押し上げた設備が、不況時には経営を圧迫する重荷になる。
わずか2万円で起業
劉氏は、中国の改革開放を代表する民間企業家の一人だ。1951年に四川省で生まれ、若いころは農村で厳しい生活を経験した。その後、教員となったが、1982年、3人の兄と事業を始めた。兄弟4人が腕時計や自転車などを売って集めた資金は、わずか1000元(約2万3600円)。四川省新津県の村に小さな飼育場を設け、鶏やウズラを育て始めた。
兄弟は家畜の排せつ物を資源として活用するなど、費用を抑える工夫を重ねた。事業は拡大し、新津県はウズラの一大産地となった。しかし、成功を見て参入者が増えると、競争が激しくなり、利益率は低下する。そこで目を付けたのが、家畜用の飼料だった。
1989年、「希望」ブランドの子豚用配合飼料を発売した。当時はタイのCPグループなど海外勢の製品が高く評価されていたが、品質と価格で対抗した。販売方法も独特だった。農村の豚舎の壁に、「養豚で豊かになりたいなら、希望がお手伝いします」という意味の広告を、黄色いペンキで大きく書いたのである。分かりやすい宣伝が農家に浸透し、販売は急拡大した。
1992年には希望集団が設立され、その後は金融、保険、不動産、乳業などへ事業を広げた。劉氏は、改革開放による農業ビジネスの発展と、金融市場の開放という二つの機会をつかんだと振り返る。貧しい農村の青年が富を築いた歩みは、中国経済の成長と重なっている。
それでも、長年の経営経験だけで市況の変化を読み切ることはできなかった。劉氏は2026年9月のインタビューで、豚肉価格の変動周期が長くなり、低迷も長期化しているとの見方を示した。大手による生産の大規模化が進み、以前のような急激な価格回復を期待することも難しくなったという。
養豚事業への大規模投資で失敗
これは、養豚業だけの問題ではない。需要が拡大する時代には、工場を建て、生産量を増やすことが成長につながった。しかし、供給能力が需要を上回れば、増産は価格競争を激しくする。不動産や鉄鋼、太陽光パネルなどでも、設備の拡張が収益の改善につながらない局面が生じている。成長期の強みだった規模が、市場環境の変化によって負担に変わるのである。
現在、新希望は養豚事業の効率化とともに、創業以来の主力事業である飼料の強化を進めている。2025年の飼料事業の売上高は760億1900万元(約1兆7940億円)で、全体の約71%を占めた。販売量は前年比15%増の2974万トン。東南アジアなど海外市場でも事業を広げている。会社を支えているのは、かつて豚舎の壁に広告を書いて売り歩いた、あの飼料なのである。
AIの活用にも力を入れる。豚の健康状態を監視し、飼料の配合を調整し、疾病の兆候を早期に捉える。経験や人手に頼ってきた作業を、データで補おうという取り組みだ。75歳になっても新技術を学ぶ姿勢には、経営者としての粘り強さが感じられる。ただし、技術の導入だけで債務問題が解決するわけではない。投資効果を見極めながら、資金繰りを安定させる必要がある。
娘の劉暢氏が経営担う
経営の立て直しは、なお道半ばだ。2026年6月末の連結負債は約827億元(約1兆9517億円)と高水準にある。融資枠の確保に加え、事業で安定した現金収入を生み、借入金を着実に減らすことが求められる。拡大した事業を見直し、収益力に合った規模へ整える判断も欠かせない。
劉氏が近年強調するのが、「上位100社に入ることより、100年続く企業をつくりたい」という考え方だ。若いころは、設備を増やし、売上高を伸ばし、市場を広げることが成功の証しだった。しかし今は、企業を次の世代へ確実に引き継ぐことが重みを増している。娘の劉暢氏や経営陣が担う役割も大きくなり、事業の継続と継承は切り離せない課題となった。
1000元(約2万3600円)で始めた事業を、売上高1000億元(約2兆3600億円)を超える企業へ育てた。それだけでも、劉氏の歩みは改革開放の成功物語といえる。しかし、その物語はまだ終わっていない。中国経済が高成長期から移行するなか、経営者には、拡大する力とともに、事業を選び、負担を減らし、利益を守る力が求められている。
企業の大きさを示す「100」と、存続した年月を示す「100」。劉氏が今、後者を重く見るのは、規模の拡大だけでは会社を守れないことを実感しているからだろう。44年の経営を経て向き合う問いは、どう大きくするかから、どう長く続けるかへと変わりつつある。
(中国経済新聞)
