10月初め、出張先の湖南省で、公務員として働く旧友に会った。食事の席で、彼はスマートフォンを見せながら苦笑した。「今週、食事に誘われたのは二件だけ。それも親戚からだ。数年前なら、金曜日だけでも、もっとあったよ」。仕事が忙しいからかと尋ねると、「それもあるが、そもそも宴会を開こうとする人が減ったんだ」と答えた。
こう感じているのは、彼だけではない。中国の公務員や国有企業の職員からは、仕事関係の会食が減ったという声を聞く。背景にあるのは、公費による飲食や接待などを厳しく制限する、2012年に導入された「八項規定」だ。ただ、規律の強化だけでは説明しきれない。参加する側にとっても、会食が以前ほど魅力的ではなくなったのである。
かつて宴会の翌日に残るものといえば、飲みすぎによる疲れだった。今は、誰が同席し、誰が費用を負担したかによって、後から問題になるのではないかという不安がつきまとう。不適切な接待と判断されれば、本人だけでなく職場にも影響が及ぶ。「食事中も落ち着かず、酒も楽しめない。それなら家に帰ったほうがいい」と友人は言う。
宴会の席で物事が決まらなくなったことも大きい。以前は、酒を酌み交わせば距離が縮まり、頼み事も聞いてもらいやすくなると考える人がいた。しかし、手続きや決裁が厳格になり、記録も残るようになれば、一度の会食をきっかけに特別な便宜を図ってもらうことは難しくなる。食事一回のために職を失う危険を冒す人は少ない。仕事上の利点が薄れれば、形式的な付き合いに一晩を費やす理由もなくなる。
日本でも、1990年代後半に官僚への過剰な接待が問題となり、1999年に国家公務員倫理法が制定された。霞が関の夜の付き合いも、その後、大きく変わった。制度が変われば、人の行動も変わる。中国で起きている変化にも、通じるところがある。
若い世代の価値観も影響している。かつては、若手が上司や先輩からの宴会の誘いを断ると、協調性や礼儀に欠けると受け止められがちだった。だが、1990年代以降に生まれた世代には、退勤後は自分の時間だと考える人が増えている。仕事と私生活を分け、気の進まない会食には無理に参加しない。断る人が増えるにつれ、誘う側も参加を強く求めにくくなり、職場の慣習は少しずつ変わっていく。
もう一つ、切実なのが健康の問題だ。長年、仕事や人脈づくりのために酒席を重ねてきた人のなかには、脂肪肝や高血圧などを指摘され、飲酒の習慣を見直す人もいる。友人も一昨年、胃の病気が見つかり、医師から飲酒を控えるよう言われた。「以前は断るのが気まずかったが、今は医師に止められていると言えば済む。むしろ気が楽になった」と話す。付き合いのために体を壊しても、治療を受け、生活への影響を引き受けるのは自分自身である。
宴会が減った背景には、こうした変化の積み重ねがある。規律が厳しくなり、業務の手続きが明確になり、若い世代が古い慣習と距離を置くようになった。健康への関心も高まり、無理をしてまで参加する理由が薄れてきたのである。
会食が減れば、帰宅して家族と食卓を囲んだり、運動や趣味に時間を使ったりする余裕も生まれる。人間関係が希薄になると心配する声もあるだろう。しかし、酒席への参加回数で相手の誠意を測る習慣が薄れれば、日々の仕事ぶりや対話を通じて信頼を築くことが、これまで以上に大切になる。職場での人付き合いも、変わり始めている。誘いを断っても気まずくならず、会食に見返りを求めない。
参加しても大きな得はなく、断っても以前ほど不利にはならない。そう感じる人が増えれば、宴会は自然に減っていく。ただ、それだけで職場の風土が根本から改善したと判断するのは早い。大切なのは、会食の回数よりも、参加するかどうかを自由に選べることだろう。仕事上の利害や上下関係を気にせず、食事と会話を楽しむ。宴会がそんな場になった時、その変化を前向きに評価できるのではないだろうか。
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【筆者】徐静波、中国浙江省生まれ。1992年来日、東海大学大学院に留学。2000年、アジア通信社を設立、代表取締役社長に就任。翌年、「中国経済新聞」を創刊。2009年、中国語ニュースサイト「日本新聞網」を創刊。1997年から連続23年間、中国共産党全国大会、全人代を取材。2020年、日本政府から感謝状を贈られた。
講演暦:経団連、日本商工会議所など。著書『株式会社中華人民共和国』、『2023年の中国』、『静観日本』、『日本人の活法』など。訳書『一勝九敗』(柳井正氏著)など多数。
日本記者クラブ会員。
