カナダの詩人・古典文学研究者アン・カーソン(Anne Carson)が、2026年のノーベル文学賞を受賞した。スウェーデン・アカデミーは10月8日、古典文学との大胆で独創的な対話を通じて、現代文学に新たな形式を生み出した功績をたたえ、同氏に賞を授与すると発表した。

カーソンは、トーマス・トランストロンメル(Tomas Tranströmer、2011年)、ボブ・ディラン(Bob Dylan、2016年)、ルイーズ・グリュック(Louise Glück、2020年)らに続き、21世紀に詩を主な活動領域としてノーベル文学賞を受賞した作家の一人となった。また、カナダ出身の女性作家として、アリス・マンロー(Alice Munro、2013年)に続く受賞者となる。今回の受賞は、国際的な文芸・出版界でも注目を集めていた。
古代ギリシャ文学と現代詩を結ぶ独創的な表現
1950年、トロントに生まれたカーソンは、トロント大学(University of Toronto)で博士号を取得し、古代ギリシャの女性詩人サッポー(Sappho)の研究に取り組んだ。その後、英国のセント・アンドルーズ大学(University of St Andrews)でも学び、マギル大学(McGill University)やミシガン大学(University of Michigan)などで教鞭を執った。古典学、翻訳、創作などを横断する研究・教育活動を続けてきた。
カーソンの文学は、詩、散文、翻訳、対話、批評などの境界を自由に行き来する。古代ギリシャ・ローマ文学への深い知識を土台としながら、現代的な題材や実験的な形式を取り入れ、過去の文学を新しい視点から読み直してきた。ノーベル賞の授賞理由も、古典的伝統との遊び心に満ちた対話を通じて、現代文学に新たな形式を切り開いた点を評価している。
1986年に刊行した『愛の苦味』(Eros the Bittersweet)は、古代ギリシャ文学における愛や欲望の喜びと苦しみを探究した作品で、初期の代表作として知られる。その後、『ガラス、反語、そして神』(Glass, Irony and God、1992年)、『プレーンウォーター』(Plainwater: Essays and Poetry、1995年)、『オフタイムの男たち』(Men in the Off Hours、2000年)などを発表し、北米の詩壇で評価を高めた。
また、赤毛の怪物ゲーリュオーンの神話を現代的に再構成した韻文小説『赤の自伝』(Autobiography of Red、1998年)や、結婚を題材にした『夫の美』(The Beauty of the Husband、2001年)なども代表作に挙げられる。詩人としてだけでなく、エッセイスト、翻訳家、古典学者としても幅広い活動を展開してきた。
カーソンの創作において、古典文学の研究と個人的な経験は密接に結びついている。
詩集・散文集『ノックス』(Nox、2010年)は、亡くなった兄への追悼を中心に構成された作品だ。家族への手紙、古い写真、スケッチ、詩などをコラージュのように組み合わせ、記憶や喪失を多層的に描いている。兄への思いを、古代ローマの詩人カトゥルス(Catullus)の作品とも結びつけ、私的な記憶と古典文学の伝統を交差させた。
詩集『夜』(Nox)の日本語ではなく中国語訳に携わった李驕陽は、2026年9月22日に豆瓣読書(Douban Read)が開催したイベント「人の言葉にスイッチはない」で、カーソンの作品における自由な創作姿勢について紹介した。新型コロナウイルスの流行期には、対面での授業が難しくなったものの、詩作の授業は再開後も形を変えながら続き、学生たちは月に一度集まって作品を共有していたという。
李によれば、カーソンは学生たちとの交流を楽しみ、招待されれば集まりに喜んで参加した。学生が自宅を訪ねることも歓迎していたとされる。公の場に姿を見せることやメディアへの露出を好まない一方、詩を学ぶ若い世代とは親しく交流する人物として伝えられている。新型コロナの流行で対面授業が困難になったことを機に、大学での教職から退いた。
カーソンの作品を理解するうえで欠かせないのが、古典文学への精緻な知識だ。
詩人・翻訳者で、復旦大学(Fudan University)英文科教授の包慧怡は、カーソンの詩や散文を収めた『余暇の人々』(Decreation などとは別の作品名として紹介されている『People in Their Leisure Time』)の翻訳に携わってきた。作品中には、古代ギリシャの歴史家トゥキュディデス(Thucydides)の『ペロポネソス戦争史』(History of the Peloponnesian War)に登場する複数の年代記法を論じた文章もある。古典学の専門知識を要する内容は、翻訳者にとっても大きな挑戦となった。
包は前述のイベントで、『夜』や『余暇の人々』に見られる古代ギリシャ文化への豊富な言及について解説した。カーソンは、学術的な知識を単に作品に盛り込むのではなく、個人的な記憶や感情、視覚的な素材と結びつけることで、従来の詩の枠組みを広げている。
パーキンソン病の診断後、ボクシングを始める
カーソンは文学活動を続ける一方、自身の病気とも向き合っている。2024年に発表した文章で、パーキンソン病と診断されたことを明らかにした。その後、治療や身体機能の維持に取り組む一環として、ボクシングのクラスに参加するようになったという。

一見すると詩人や古典学者のイメージとは結びつきにくい選択だが、カーソンはパンチを繰り出す動作によって集中力を保てると語っている。ボクシングを取り入れた生活は、病気とともに生きながら創作を続ける彼女の姿を伝えるエピソードとして注目される。
訳林出版社は2021年に、アン・カーソン(Anne Carson)の詩選『赤の自伝・夫の美:アン・カーソン詩選』(Autobiography of Red/The Beauty of the Husband)を刊行した。また、雅衆文化と商務印書館は2025年に『もし冬でなかったなら――サッポー断章』(If Not, Winter: Fragments of Sappho)を、新行思と文匯出版社は2026年に『夜』(Nox)をそれぞれ刊行している。
アン・カーソン作品の中国語訳は、今後さらに充実する見通しだ。訳林出版社からは、『愛の苦味』(Eros the Bittersweet)、『脱創造――詩、散文、オペラ』(Decreation: Poetry, Essays, Opera)、『赤の自伝――韻文小説』(Autobiography of Red: A Novel in Verse)の刊行が予定されている。さらに、花城出版社からは『プレーンウォーター』(Plainwater: Essays and Poetry)と『漂流』(Float)が刊行される予定だ。
さらに、カーソンは2027年2月に新作を刊行する予定だ。病気や手書き文字をテーマに据え、古代ローマの詩人カトゥルスも再び作品に登場するという。自身の身体的な経験と古典文学への関心が、次の作品でどのように交差するのか期待される。
古代のテキストを読み解き、現代の言葉と形式によって再構築してきたカーソン。今回のノーベル文学賞は、詩と学術研究、個人的な記憶と文学史を自在に結びつける、その独自の創作活動に光を当てるものとなった。
(中国経済新聞)
