中国で、かつて高速鉄道や自家用車の普及によって苦境に陥った長距離バスが、再び存在感を高めている。運賃の安さに加え、地下鉄駅や商業施設、住宅街の近くから乗車できる予約型の都市間バスが、利用者の支持を集めているためだ。
広州で働く会社員の朵拉(ドゥオラ)さんは、近年、旅行や都市間の移動に長距離バスを利用する機会が増えたという。
ドゥオラさんによると、広州から珠海までのバス運賃は15元未満(約350円)。一方、高速鉄道は70元前後(約1,650円)、相乗り型の配車サービスは130元以上(約3,070円)かかる。自家用車で移動する場合も、高速道路の通行料だけで66元(約1,560円)に上る。
複数の交通手段を比較すると、バスの価格競争力は明らかだ。「以前は、バスは時間がかかり、高速鉄道ほど便利ではないと思っていました。でも、これほど運賃に差があるなら、特に急いでいないときはバスを選びます」と朵拉さんは話す。
(※日本円換算は1元=約23.6円を基準とした概算。実際の運賃や為替レートによって変動する。)
珠江デルタでは、低価格の都市間バスが通勤客や学生、旅行者らを取り込んでいる。その一例が、都市間バスの予約サービスを展開する「样样巴士」だ。同社の片道運賃は、広州―深圳が13.8元(約330円)、深圳―東莞が8.8元(約210円)。広州―深圳では、高速鉄道の運賃が70~80元(約1,650~1,890円)程度であるのに対し、バスはその5分の1前後に抑えられている。
同社の運営マネジャー、張鵬氏によると、主な利用者は都市間を通勤する会社員、大学生、親族を訪問する人、近距離旅行を楽しむ人などだ。
従来の長距離バスは、利用者がバスターミナルまで移動し、そこで乗車する仕組みが一般的だった。これに対し、予約型の都市間バスは、地下鉄駅や商業施設、住宅街などに乗降場所を設けている。利用者は専用のミニプログラムなどから手軽に予約でき、運営側も予約状況に応じて便数や車両を調整できる。「多くのミニプログラムから予約でき、乗りたいときに手軽に利用できます」とドゥオラさんは話す。
祝日など、高速鉄道の切符が取りにくくなる時期でも、様様巴士では通常、出発の約1時間前まで予約できるという。また、祝日でも運賃を引き上げない方針を掲げている。
同社によると、1日当たりの利用者数は平均1万2,000人を超え、祝日のピーク時には3万~3万5,000人に達する。主要な通勤路線の乗車率は、通常時間帯でも70%以上に上り、朝夕のラッシュ時や週末には90~100%となる。低価格バスの復活は、沿海部だけの現象ではない。中国北西部の寧夏回族自治区では、天豹交通運輸集団が「便民快巴」と呼ばれるサービスを展開している。
同社が重視したのは、運賃の安さと、安全で利便性の高い正規の旅客輸送サービスを両立させることだ。同社の韓暁磊副総経理によると、以前は高速鉄道とバスの運賃差が小さく、バスを選ぶ明確な理由が乏しかった。さらに、営業許可を持たない車両が利用者の自宅近くまで迎えに行くサービスを提供し、乗客を集めていたという。そこで同社は、こうした非正規の車両に対抗できる価格を目指し、便民快巴の運賃を大幅に引き下げた。例えば、銀川―霊武線の運賃は22元から12元(約520円から約280円)に、銀川―呉忠線は20元から12元(約470円から約280円)に値下げした。
運行本数も増やした。従来、銀川―呉忠線は1時間に1便程度で、利用者が少ないと運休することもあった。便民快巴への転換後は、運行間隔を30分から20分へ短縮。現在は1日35便を運行し、往復では70便に上る。乗車率も高い水準を維持しているという。
同社は現在、便民快巴を12路線で運行し、電動バス133台を投入している。1日当たりの運行本数は420便を超え、平均1万2,000人以上の旅客を輸送する。平均乗車率は約80%で、祝日には一部路線で95%を超える。様様巴士と天豹交通運輸集団の利用者回復は、中国の道路旅客輸送市場が変化するなかで生まれた動きの一例だ。
交通運輸部公路科学研究院と中国道路運輸協会が発表した「2025年中国定制客運発展報告」によると、2025年末時点で、全国約3,600社の路線バス事業者が予約型の旅客輸送サービスを展開している。対象路線は1万1,350路線で、2024年から2,277路線増加し、約25%伸びた。運行車両は7万台を超え、路線数は2021年の約3.5倍に拡大した。
しかし、数年前まで長距離バス市場は厳しい状況にあった。韓氏によると、2013年以前は経済成長や道路網の整備を背景に、道路旅客輸送が拡大していた。祝日には人気路線の切符が売り切れ、事業者が増便して需要に対応することも珍しくなかった。
ところが、高速鉄道網の拡充によって中長距離の旅客が流出。自家用車の普及に加え、相乗りサービスや配車アプリの拡大もバスの需要を圧迫した。2020年に新型コロナウイルスの感染が拡大すると、旅客数はさらに落ち込み、営業を停止するバスターミナルも相次いだ。
様様巴士の張氏は、深圳から広東省北部への路線や、広州から広東省西部への路線など、かつて祝日に多くの利用者があった路線でも、複数の要因が重なって乗客が急減し、一部では減便を余儀なくされたと振り返る。
問題は、単に利用者が減ったことだけではない。固定された路線、バスターミナル、運行時刻を前提とする従来の仕組みが、移動需要の分散や交通手段の多様化に対応しにくくなっていた。「高速鉄道の駅は遠く、配車サービスは料金が高い。こうした点が、利用者の不便につながっています」と韓氏は話す。
天豹交通運輸集団は2022年に路線を見直し、都市間に安定した通勤需要があるにもかかわらず、従来のサービスでは十分に取り込めていないことに着目した。
同社はまず、銀川―寧東線で便民快巴を試験導入した。両地域間には通勤する人が多く、都市内に複数の乗車地点を設けることで、利用者が従来のバスターミナルまで足を運ばずに済むようにした。試験導入が好評だったため、同様の仕組みを他の路線にも広げた。
様様巴士も同様に、都市中心部の人の流れや高速鉄道の人気路線、従来のバス路線の利用実績などを参考に、運行路線や乗降地点を設定している。両社に共通するのは、利用者がバスターミナルに来るのを待つのではなく、乗降地点を生活圏に近づけ、実際の需要に合わせて運行を調整することだ。
この仕組みは、低運賃を実現するうえでも重要な役割を果たしている。
従来のバスターミナルを利用する場合、事業者には施設使用料などの負担が生じ、乗客もターミナルまで移動する時間や交通費がかかる。予約型の都市間バスは、地下鉄駅や住宅街、商業施設の近くに乗降地点を設けることで、こうした負担を減らせる。
また、オンライン予約によって需要を把握しやすくなり、利用者が少ない時間帯には車両を減らすなど、運行の効率化も可能になる。
「私たちは1枚の切符から大きな利益を得るのではなく、乗車率を高め、空車で走る距離を減らすことで収益を確保しています」と張氏は説明する。
同社は自社車両に加え、他のバス事業者とも連携している。自社保有車両は全体の約半分で、従来の路線バスや観光貸切バスの車両も、提携を通じて運行に活用している。閑散期に稼働率が落ちる車両を有効活用する狙いもある。
コスト削減を支えるもう一つの要素が、電動バスの導入だ。
様様巴士によると、電動バスは購入価格が燃料バスより十数万元(約24万~40万円)高いものの、走行1キロ当たりのエネルギー費用や日常的な整備費用を抑えられる可能性がある。車両を長期間、十分に稼働させれば、購入時の追加コストを運行経費の削減によって回収できるという。
天豹交通運輸集団の試算では、燃料バスの走行1キロ当たりのエネルギー費用は2元超(約47円超)であるのに対し、電動バスの電気代は1元未満(約24円未満)だ。
ただし、電動バスにも課題はある。車両価格が高いだけでなく、長年使用した後にはバッテリーの交換が必要になる可能性もあり、長期的な費用を考慮しなければならない。
韓氏は、低運賃を維持できるかどうかは、運賃、利用者数、車両の稼働率、運行コストのバランスによって決まると指摘する。値下げだけを続けても、採算が取れなければ事業は長続きしない。
予約型の都市間バスの拡大には、政策面の後押しもある。
広東省では2021年前後から、路線バスと貸切バスの運用を組み合わせる「班包融合」に関する試行が進められ、従来の路線バスや観光貸切バスの車両を新たな運行形態に活用する余地が広がった。
さらに、2026年5月には交通運輸部や国家発展改革委員会など8部門が「都市圏の都市間通勤効率向上工程実施方案(2026~2030年)」を発表した。
同方案は、地域の実情に応じて道路旅客輸送の路線をバスに近い運行形態へ転換するとともに、都市間通勤の需要が集中する地域で、予約型の都市間バスや通勤バスなどを運行するよう促している。2030年までに、主要都市圏で1時間以内に通勤できる人口のカバー率を75%に引き上げる目標も掲げている。
寧夏でも、地方政府が便民快巴を支援している。韓氏によると、第15次五カ年計画期間(2026~2030年)には一定の補助が見込まれる。ただし、企業が将来にわたって補助金に依存することはできず、車両の稼働率や利用者数を高め、事業そのものの収益性を改善する必要があるという。
車両技術の進歩も、こうしたサービスの拡大を後押ししている。
バスメーカーの宇通客車によると、電動バスのエネルギーコスト面での優位性が明確になるにつれ、道路旅客輸送事業者の間でも電動化への取り組みが広がっている。
従来の「ターミナル間輸送」と比べ、新しい運行形態では路線や需要に合わせた柔軟な車両運用が求められる。運行頻度が高まることもあり、航続距離、充電・補給の効率、乗り心地などが重要になっている。
宇通客車によると、同社の製品には最大533.2キロワット時のバッテリーを搭載した車両があり、夏季に満員でエアコンを使用する試験条件下でも、満充電で約500~600キロの走行が可能だという。
同社は今後3~5年、従来型の定期路線バス向け車両の需要は引き続き厳しい一方、予約型の都市間バス、都市間路線バス、便民快巴、観光輸送などの分野で新たな需要が生まれると予測する。市場の重点は、単純な車両台数の拡大から、小型化、電動化、運行効率の向上へと移っていく可能性がある。
張氏は、珠江デルタでは予約型の都市間バスがすでに活発に利用されており、今後さらに市場を開拓できるとの見方を示す。韓氏も、乗客を呼び戻す第一歩は運賃を下げ、乗車地点を利用者の近くに設けることだとする。ただし、今後の課題は、各便に十分な乗客を確保し、車両1台当たりの運行効率を高めることにある。
中国の長距離バスの復活は、単なる値下げ競争ではない。利用者の移動需要に合わせて乗降地点や運行本数を見直し、オンライン予約や電動化によってコスト構造を改善する取り組みだ。
(中国経済新聞)
