力の対決構図からプロジェクト提案型の日中関係へ

2022/10/13 19:35

固く握りしめた拳のパンチを突き出しながら握手をするなどということができるのだろうか。

昨今の日中関係についての論調を目にしながら胸の裡に浮かんだ言葉である。

たとえば、こうである。筆者の恣意に陥ることを避け、過不足なく考察するために引用が少し長くなるがお許しいただきたい。

「日中は9月29日、国交正常化から50年を迎える。半世紀もすれば、互いの世界観や戦略に違いが生まれ、国同士の関係は変わる。日中は今後、どこに向かうのか。その姿をひと言で表現すれば、『冷たい平和』になるだろう」

あるメディアの外交・安全保障問題担当のコメンテーターは、こう説き始める。この50年の日中関係の変遷を、友好⇒互恵⇒緊張と対立⇒冷たい平和へ、と整理したうえで「両国は対応を誤れば、衝突の危険が高まりかねない困難な時代に入ったともいえる」として「米国に防衛を大きく頼る日本は日米同盟を堅持し、米国と結束を深めることが国益にかなう。その分、日中のあつれきは強まらざるを得ない」と論を展開する。

さらに、「まず『冷たい平和』の土台を築き、そこから協力を積み上げるのが現実的で、妥当」として、その「成功のための条件」を3つ挙げる。

第1は「ボタンのかけ違いから衝突が起きるのを防ぐため、首脳や軍幹部、当局者による多層な対話チャネルを構築すること」第2に「互いに恩恵を得やすい経済協力を深めることも大事である。医療や社会保障、環境は有力な分野だ」第3は「日米と中国の安定した軍事バランスの確保である」として「日米が防衛への投資を増やし、軍事均衡を修復することも、平和堅持の条件になる」と結論づける。(日経9月6日朝刊)

要は「平和」のためには「防衛力」という名の軍備の拡充が決め手となるというわけである。「経済協力を深める」ことも挙げられてはいるが「お互いに恩恵を得やすい」からというわけで、あくまでも力点は中国との軍事的対峙と抑止の発想に置かれている。

もう一つ、今月、重要な節目を迎えたことを忘れてはならない。尖閣諸島の国有化10年である。領土問題という無条件にナショナリズムを掻き立てる要因とどう向き合うのかも、今我々に問われている重い問題である。

筆者の独断との誹りを覚悟で言えば、「国有化」は日本外交の、あるいは日本の政治および政治家の浅薄以外の何物でもないと考えているのだが、今は置くことにする。それよりも「尖閣国有化10年」をめぐって語られるあれこれの論調がこれからの日中関係と日本のゆくべき道にどうかかわるかである。 

ペロシ米下院議長の台湾訪問直後、元防衛相や自衛隊の元幹部らが参集した「台湾有事」を想定した机上演習が都内でおこなわれた。「わが国の安全と繁栄のための国家戦略確立に資するべく、国際政治戦略、国際経済戦略、軍事戦略及び科学技術戦略研究を重点的に行うと共に、その研究によって導き出された戦略遂行のため、現行憲法、その他法体系の是正をはじめ、国内体制整備の案件についても提言」することを掲げる日本戦略研究フォーラムが主催したものである。「①平時でも有事でもない『グレーゾーン事態』から沖縄県・尖閣諸島での不測の事態発生②邦人退避や台湾からの避難民対応③中国の核による脅迫への対処」の3つのシナリオに基づいて2日間にわたりどう対処するかをシミュレーションしたというものだ。日本戦略研究フォーラムの最高顧問だった安倍晋三元首相から生前に「首相役をやってほしい」と電話があって参加したという小野寺五典元防衛相は、与えられたケースは「台湾と尖閣諸島で同時に有事になるという」事態への対処で「政治家がいざというときの覚悟の重さを感じる機会となった」と述懐するとともに「有事に至る前に柔軟に自衛隊の部隊を展開する発想も必要だと」語っている。尖閣諸島防衛が台湾有事とセットで語られ、中国への武力による備えばかりが強調される世情に危うさを覚える筆者は、日本の国情に反する存在なのだろうかと考えさせられたものである。

日中国交正常化50年の記念行事がさまざまに開催されている。祝賀パーティーなどの場には無縁なので様子はわからないが、日本の論調、世情を冷静に見据えるならば状況はそれほど楽観できるものではないと考えるべきだろう。それだけに、サッカーのプレーを借りて言うなら、「前を向いてボールを蹴る」発想が大事になる。言葉を変えるならば、日中の連携・協力のプロジェクトをどれだけ多様に発想できるか、実行に移せるかが問われているということだ。そんな思考をあれこれめぐらせている時だった、エッと目を見開く報に接したのは。

中国製薬大手の上海復星医薬集団が慶応義塾大学発の再生医療ベンチャー・セルージョンと提携してiPS細胞を使った再生医療技術の実用化に乗り出すというのである。セル―ジョンは水疱性角膜症の治療を目的とするiPS 細胞を利用した角膜内皮再生医療開発と取り組んでいて、復星医薬はすでにセルージョンから同細胞による培養角膜細胞の開発権を取得したという。そして復星医薬は傘下のベンチャーキャピタルを通じて再生医療技術を開発する新会社「星賽瑞真」を設立して新薬開発で培った治験ノウハウなどを提供していくというのだ。このライセンス契約は中華圏を対象としたもので、中華圏では数百万人が角膜疾患により失明しており、角膜疾患は年10万人ほどのペースで増加しているという。こうした人々には文字通り光の差す再生医療開発プラットフォームが日中連携によって動くことになったのである。契約時と、開発の進捗に応じた一時金などで、セルージョンには約1億ドル(約140億円余)以上が支払われる可能性があるという。日中の「冷たい平和」が説かれる時流の背後でこうした先進的かつ大胆なプロジェクトが進んでいることに光明を感じたのだった。何かというと経済安保を振りかざす政府あるいは経済産業政策当局の「横やり」が入らないことを願うばかりだ。

これはほんの1例に過ぎないと言われればそうかもしれない。しかし、知恵を巡らせればこうした「タネ」(シーズ)は数限りなくあるはずだ。緊張と対決の「冷たい平和」について語るのではなく、発想を豊かにして日中連携の「シーズ」を見つけ出し、日中両国の協力とウインウインの関係を踏み固めていく構想をこそ語り合う関係でありたいと切に思う。そのためにもわれわれの安全保障観を転換し、日中関係に限らずアジア、世界を大局に立って見通す深い戦略観と歴史的転換期を生きる視野の広い時代観の重要性を痛感する。その視界のなかでわれわれの中国観を鍛え上げなければならない。ひたすら軍備増強や中国脅威論に傾斜するようでは、決して未来はひらけない。これがプロジェクト提案型の日中関係へと掲げた所以である。

握りしめた拳のパンチを突き出しながら握手はできない。まず拳を開かなければ手を取り合うこともできない。そのことを肝に銘じておきたい。

(文・木村知義)

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【筆者】木村知義(きむら ともよし)、1948年生。1970年NHK入社。アナウンサーとして主に報道、情報番組を担当。1999年から2008年3月まで「ラジオあさいちばん」(ラジオ第一放送)のアンカーを務める。同時にアジアをテーマにした特集番組の企画、制作に取り組む。退社後は個人研究所「21世紀社会動態研究所」で「北東アジア動態研究会」を主宰。